
不透明な男
第13章 胸裏
注文を終えた翔は、何か思い詰めたような表情で振り向いた。
バサッとジャケットを脱ぎ、ハンガーに掛けると、俺の隣に静かに座る。
ここに座れと、俺が促したものの言葉が出てこず静寂に包まれる。
翔「大野さん」
智「ん…?」
翔も居心地が悪かったのだろう。
情けない俺に代わって翔が口を開いた。
翔「髪、染めたんですか」
今かよ。
それはスルーしたんじゃ無かったのか。
まあ、この沈黙を壊したくて捻り出した言葉なんだろう。
折角の翔の好意だ、これをきっかけにしよう。
智「ああ、いや…」
染めたんじゃないって分かってるだろ
智「知ってるでしょ?」
翔「え…」
なんだよ
シラなんて切らせないぞ
智「こんなスーツ、普段着る訳無いじゃん」
翔をチラッと見て苦笑いをする。
そんな翔は真顔で俺を見ている。
智「知ってんでしょ?おれが、髪を黒くして出掛けてるの」
翔「え…、し、知ってるって、どうして」
太股に肘をつき、体を少し捻って翔に向く。
俯いた顔を上げ、翔の目を見据えた。
智「知ってるよ。翔くんが」
すうっと俺は息を吸い込む。
智「見てるって事」
言えた。
今まで言えなかった、聞けなかった事。
やっと言う事ができた。
翔「え…」
翔は息を飲んだ。
そして目を見開いたまま、固まってしまった。
コンコン
その固まった空気を割るかのようにドアがノックされた。
智「あ…、ルームサービスかな」
翔「あ、ああ、取ってきます」
翔は少し慌てた様に立ち上がってそのままパタパタとドアに向かった。
動揺したのだろうか。
本当に俺に気付かれていないと思ってたんだろう。
翔の動揺は、そこから来ているんだ。
翔「どうぞ…」
智「ありがと…。いいよ、座って? おれがやる」
ソファーの傍らに立ったままワインをグラスに注ごうとした。
それを制し、俺は片手を翔に差し出す。
翔「あ、ありがとうございます」
智「ふふ、どういたしまして」
翔を落ち着かせようと思った。
膝を揃えてグラスを持つ。
その翔のグラスに俺はワインを注ぐ。
智「なんでそんな固いんだよ(笑)」
俺が笑うと翔も笑うんだ。
だから俺は、ふわりと笑いながら翔を見てやるんだ。
