
不透明な男
第13章 胸裏
ドサッ
智「…っ」
胸ぐらを掴まれ、少し離れた場所に佇んでいたベッドに引き倒された。
智「なに…」
そのまま俺を取り押さえる様にのし掛かる。
翔「智くん…」
乱暴な行動とは裏腹に、翔の目は悲しそうな色をしていた。
智「ん…、わかってる」
憎しみや恨みを持った人間が暴走する。
と、いうことは何が起きるのか。
智「いいよ」
殺すんだ。
殺意しか沸かない筈だ。
智「早く…。覚悟は出来てる」
バカな俺でも分かる。単純な計算だ。
憎しみ+暴走=殺意。
これで決まりだ。
翔「目、閉じて…」
智「ん…」
言われるままに目を閉じる。
あの二人には悪いが、これは仕方無い事なんだ。
自ら命を絶つ訳じゃ無い。
だけど、俺は恨みを買っている。
それなら、翔の恨みが少しでも晴れるのなら、俺はこのまま殺されてもいい。
智「どうしたの…。ほら、早く」
躊躇っているのだろうか。
なかなか翔の手は伸びて来ない。
そりゃそうか。
俺がこんなに顔面に力を入れてちゃトラウマになりかねない。
後で思い出して翔が苦しまない様に、俺は顔の筋肉を弛めた。
智「いいよ、翔くん…」
翔が殺しやすいように、俺は極力穏やかな表情をした。
智「…っ」
翔の手が俺の首にかかる。
覚悟をしていた筈なのに、俺の体は少し強張った。
翔「怖い…?」
智「ううん、怖くない」
怖いなんてどの口が言えるんだ。
翔が背負ってきた5年間に比べればたったの一瞬だ。
翔「力を抜いて…」
俺のネクタイを少し弛め、ボタンを幾つか外す。
その中に翔の手は滑り込んで、俺の頸動脈に触れた。
智「ん、そこだよ…」
触れた手になかなか力を込めない。
そんな翔がもどかしくて、ひと思いに殺って欲しくて、俺は翔を促した。
そこだ。
そこで力を込めればいいんだ。
すぐに、終わる。
