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不透明な男

第13章 胸裏



智「あ~、あの、ニノちゃんさ」

和「はい?」


なんて言い出そうかと悩んでたら変な呼び方をしてしまった。


和「ニノちゃん?」

智「う…」


何を企んでるんだとでも言うようにニノに睨まれた。


和「ふふっ。なあに? 何か話でもあるんでしょ?」


睨まれて小さくなった俺を見てニノは笑う。
頬杖をついて、小首を傾げながらニコッと笑うんだ。


智「や、あの、えっと…」


可愛らしい笑みに動揺してしまう。
言っとかないと心配するだろうから、ちゃんと話さなきゃと思ってニノを呼び出したのに。

コイツの、俺を信じてやまない安心した様な笑顔を見ると、俺は言葉が出なくなるんだ。


和「いいよ、言って。ちゃんと聞くから」

智「え…」

和「そんな顔してさ。何も無い訳無いじゃん。なんか言いにくい事、あるんでしょ?」


ちょっと表情が固かったか。
たまに真面目な顔をしたらこれだ。
すぐにバレる。


智「ああ、うん…。その、さ」

和「うん」


穏やかな表情で、ニノは静かに俺の話に耳を傾ける。


智「おれ、もう会えないと思うからさ…」

和「え…?」


ニノの顔が固まった。
そんな顔するだろうなと覚悟してたのに、とてつもない罪悪感に苛まれる。


和「なんで…、引っ越しでもするの?」

智「あ、うん。そう。引っ越しをね…ちょっと」

和「そうなんだ…」


ニノの瞳が一点を見つめる。
カウンターに置かれたグラスを、見ているのか見ていないのか。
一点を見つめている様な視線は、宙に浮いているんだ。


智「ニノ…?」


微動だにしないニノが心配で、俺は顔を傾けてニノを覗き込む。
その宙に浮く視界に入った俺に気付くと、ニノは我に返った。


和「な、なんだよ。大げさだなあ」

智「ニノ…」

和「引っ越すだけでしょ?もう会えないなんて、飛躍し過ぎだよ」


俯きながら笑うニノを見てると、胸が締め付けられる。

俺と視線を合わせないのに、ニノはニコニコと笑っている。


駄々をこねられたらどうしようかと思っていた。

ニノの駄々に俺は弱いんだ。

だけど

今のニノは駄々をこねない。




俺が困るって、分かってるからだろうな。





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