
不透明な男
第14章 終幕
社「そろそろ行こうか」
智「はい、社長」
持ち場に就いていた俺を呼び出し車に誘導する。
大人しく車に乗った俺は、口を開いた。
智「でも、本当に良かったんですか?」
社「どうしてだ?」
智「あの二人も先に帰ってしまいましたし、警護の人間が足りなくなってしまうのでは」
Aは準備の為に昼で帰ってしまったし、Bも先程社長に言われて先にカメラを仕掛けに行った。
社「まだ使える奴はいるんだ。気にする事は無い」
智「ふふ、わかりました」
一週間後に少し時間が出来る、お前とゆっくり食事をしたいと社長に誘われていた。
智「折角時間が出来たのに、僕なんかでいいんですか? 女性を誘われた方が良かった気がするのですが」
社「お前がいいんだ。見つけた旨い酒も呑ませたかったしな」
智「そうなんですか? 社長は変わり者ですね(笑)」
社「はははっ、お前と時間を過ごしたいと言っただろう」
旨い酒を呑んでゆっくりしたいんだ、お前に教えたい事もあるしなと、目を細めて俺に言っていたんだ。
智「それはそうと、僕に教えたい事って…?」
社「ああ…、それは、食事の後にしよう」
俺の隣に座る社長は、ルームミラーに映るのも気にせず俺の手を握る。
片手で俺の手を握り込むと、親指で手の甲に浮かび上がる血管を撫でる。
その感触にゾクッとした俺を、ニヤニヤと笑いながら見るんだ。
逃げられない獲物を弄んでいるかの様に、社長は余裕の笑みを浮かべていた。
「到着いたしました」
社「ああ、ご苦労」
車の扉がガチャッと開いた。
俺は、先に降りた社長に手を引かれ、続いて降りる。
智「あ、ありがとうございます」
社「足元が悪いからな。気を付けないと」
智「ふふ、はい」
差し伸べられた社長の手を、笑顔で掴む。
何も疑う事なく素直に従う俺を、社長は満足そうに見る。
よし、大丈夫だ。
手汗もかいていない。
取り敢えずは食事をするだけ、まだ落ち着く時間はある。
これから何が起ころうとしているのか。
それが分かる俺は、緊張を隠す事に精一杯だった。
出された食事の味なんて分からなかった。
旨い酒に何が隠されているのかも、分かる筈も無かったんだ。
