不透明な男
第15章 嘘
あれからどうしたんだっけ。
まだ薬の効果が切れていなかった俺は、熱いシャワーでのぼせたんだ。
身体が火照って辛かったけど、もう吐き出す熱も無くて。
だから翔に一晩中抱き締めてもらってたんだ。
智くん、大丈夫? と心配そうに俺を抱き締める翔に、俺はずっとしがみついていた。
うわ言の様に、翔くん、翔くんと名前を呼んで。
…キス、したんだっけな。
とにかくずっと、翔の温もりに包まれていたんだ。
そんな夜も明けて、朝が来て。
A「成瀬」
B「まだ寝てるのか」
温もりに包まれている俺の耳に、二人の声が聞こえた。
B「悪かったな坊っちゃん。ありがとうな」
翔「あ、いえ…」
B「…なんだよ、汗でぐちゃぐちゃじゃねえか。シャワーしなかったのか?」
翔「したんですけど、なかなか熱が冷めなくて…」
A「無茶苦茶したんじゃあ、無いだろうな…?」
翔「そっ、そんな!」
B「坊っちゃんシャワーしてきな。仕事あるんだろ?」
翔「で、でも」
A「ほら成瀬、離してやれ」
未だしがみついたままの俺の腕を、Aが解いた。
B「あ~あ~、幸せそうな顔しやがって…」
翔「え?」
B「俺らがどんなに慰めてやっても、こんな顔して眠った事無いだろうが…」
翔「なっ、慰めてっ!?」
A「夜中に魘されてるのを、って事だよ。勘違いするな」
翔「あ、あぁ」
B「どれだけ抱き締めてやっても不安そうな顔してたのにな」
翔「そうなんですか…」
B「まぁ、坊っちゃんのお陰だな」
翔「えっ」
A「だってそうだろう? この顔見たら、一目瞭然だ」
三人の会話を聞きながらも、俺は目を醒まさないんだ。
だってこんな会話の中に起きて、どんな顔すりゃいいんだ。
だから翔が追い返されてから目を醒ましたんだ。
仕事に遅れるぞ研修医!と野次られてケツを叩かれる様に翔は追い出された。
たぶんこの二人には、俺の狸寝入りがバレてたんだろう。
A「ほら起きろタヌキ」
智「んふ」
B「今日は忙しいんだ。早くシャワーしてこい」
智「はーい」
A「ったく呑気な返事しやがって…」
そう言いながらも、バスルームに向かう俺の背には二人の笑い声が聞こえてきた。
楽しそうに笑う声。
なんだか久し振りな気がするな。