不透明な男
第15章 嘘
A「もう行くのか?」
智「うん」
B「坊っちゃんは知ってるのか?」
智「……」
ゴシップ紙に記事が載っていた。
新聞の一面には、最大手社長逮捕の文字が大きく書かれていた。
ゴシップ紙にモノクロの映像で載った写真には、顔こそ隠されていたが俺も写っていたんだ。
分かる人には分かるかもしれない。
特にニノなんて、髪を黒く染めた成瀬を見ていたんだ。
逃げる訳じゃないけど、その前からここを出るつもりだったんだ。
B「言ってないのかよ」
A「どうするんだ、また凄い剣幕で押し掛けて来るだろう?」
翔には言ってない。
あれから何度か翔から着信が入っていた。
だけど俺は出なかった。
翔と会ったのも、翔の声を聞いたのも、あの日が最後だった。
智「…いいんだよ」
A「どうしてだ…?」
智「アイツの、一時の気の迷いだよ」
B「え?」
離れてしまえば忘れられるだろう。
俺の事は思い出にして、翔はちゃんとした道を歩まなくちゃいけないんだ。
A「そうは見えなかったが」
B「そうだよ、あの坊っちゃんがどれだけお前を」
智「いいんだってば」
それに俺が、忘れられなくなるだろ。
こうでもしなきゃ、辛くなるだろうが。
智「運命なら、いつかまた出会えるよ」
A「そうか…」
智「ん」
そんな日は来ない。
来るはず無いんだ。
翔に抱かれたあの時、本当の事を言いそうになった。
だけど俺は言わなかった。
なんとか思い止まったんだ。
だって翔は、運命なんかじゃ無いから。
智「じゃ、もう行くね」
B「ああ、成瀬、元気でな」
智「うん、色々ありがとね?」
A「もう、変な考え方するんじゃないぞ」
智「ふふっ、分かってるよ」
本当はもっと沢山伝えたい事があったんだけど、そんな事してたら離れられなくなっちゃうから。
だからこれだけにしておいた。
ありがとう、元気で。
俺を守ってくれてありがとう、手を差し伸べてくれてありがとう。
優しく包んでくれて、ありがとう。
って、ありがとうしか出てこないや。
んじゃ、ま、さっきの挨拶で十分だったって事か。
よし決めた。
俺はもう泣かない。
今だけ、これを最後に、もう涙は流さないんだ。