不透明な男
第15章 嘘
俺の事を何にも分かっちゃいないのに、俺の全てを知っているかの様なキスをする。
そのキスは熱くて温かくて、俺を安心させる。
翔「ふふ…、甘い…」
その安心感に、俺は甘い吐息を吐くんだ。
もう認めるしか無いんだろうか。
だって、こんなに震えてる。
翔「震える程、俺が好きなんでしょ?」
微笑みながら、話しながら。
それでも翔は俺の舌を離さないんだ。
智「翔くんのキスは、不思議なんだ…」
知ってるよ。
この熱さ、この温かさ。
智「なんだか、懐かしい気がする…」
翔「え…?」
あの時は、逃げてしまったけれど。
翔「何か、思い出したの…?」
智「え?」
でも今は逃げずに、翔を受け入れるんだ。
智「思い出すって、何を…?」
記憶から消し去った翔の温もり。
今度はもう消さない。
智「ふふ、ここ外だよ? 長過ぎ…」
拒絶じゃなくて、優しく翔の胸を押す。
俺がニコッと笑うと、翔も笑うんだ。
あの時の俺は、心臓が冷え固まっていたから、翔を受け入れる余裕なんて無かったんだ。
それどころか、記憶を自在に操って自分を騙していた。
翔なんて知らない、只の危ない奴だと脳に言い聞かせていた。
だから翔の笑顔なんて知らなかったんだ。
俺が笑うだけで、こんなに嬉しそうに笑い返してくれるなんて、知らなかったんだよ。
翔「智くん? どうかした?」
智「ふふっ、なんでもない」
3度目の記憶を失ったのは翔が原因だけど、この笑顔の前じゃ責める気になれないな。
あの廃墟の部屋で倒れてしまった俺を、わざわざ庭に運び出して。
通行人のふりをして、救急車を呼ぶなんてやってくれるじゃないか。
俺が翔の病院に入院したのだって偶然なんかじゃない。
翔が病院を指定したんだ。
これは、運命とは言わないだろう?