不透明な男
第15章 嘘
廃墟に隠れる様になって、俺は少し安心してた。
ここなら見つからないだろう。
ここに来るまでに視線も感じられなかったし。
だけど翔は俺を上回っていたんだ。
まだ数回しか来た事の無いこの廃墟に、ソイツは居たんだ。
ガタッ
なんだ…?
誰か居るのか…?
辺りを見回し、そろそろと音のした方へと歩み寄る。
息を殺し、音を立てずに忍び寄る俺の目の前に、ソイツはふっと現れたんだ。
智『…っ』
神経を張り詰めていた俺の目の前に急に現れたもんだから、俺は心臓が止まりそうな程に驚いた。
智『だ、誰』
跳ねる心臓を押さえ、俺は問う。
翔『分からない…?』
分からなかった。
だってすっかり忘れていたんだ。
智『誰、だよ…』
だけどソイツから放たれる視線には覚えがあった。
智『俺をつけてる奴は、お前か…?』
眉をしかませ、少し後ずさる。
そんな俺の姿を見て、翔は顔を歪ませた。
翔『顔も覚えてないんだ』
智『おれの、知ってる奴なの…?』
記憶を無くす前に会った事のある奴なのか?
それ位しか、俺の頭には浮かばなかった。
翔『ああ、知ってるよ』
智『いつ…』
翔『見てたよずっと』
智『だから、それはいつから…』
唇を結んだ翔は、俺の肩に掴みかかってきた。
翔『貴方だって知ってたでしょ? どうしてそんな事言うの』
智『な、何を』
翔『俺が見てたの、知ってる筈だよ?』
恐怖しか湧かないシチュエーションで、不思議と胸がドクンとした。
俺を見るその男は、綺麗な目をしていた。
こんなに危なそうな奴なのに、とても綺麗な瞳だったんだ。
智『わ、分からないんだよ』
翔『惚ける気…?』
何も惚けちゃいない。
だけど、この時の翔には俺の言葉が突き放した様に聞こえたのかもしれない。
翔『やっと俺に気付いてくれたんだと思ったのに…、また、こんな…』
俺はお前に何をした?
どうしてそんなに悲しそうな顔をするんだ。
翔『あんまりだよ…』
その大きな瞳から涙が溢れそうだ。
翔の事なんて何も覚えちゃいないのに、何故か俺の胸は締め付けられるんだ。
どうしてだか、俺が悪い気がして。
可哀想で、堪らなかったんだ。