不透明な男
第15章 嘘
翔「視線が鋭いって、仕方無いでしょ…」
智「なんで?」
翔「貴方が無視するからだよ」
智「ええ?」
あ、そうか。まだ言ってなかったねと、俺は惚けながら話す。
智「おれね? 忘れてんだよね」
翔「何を?」
智「記憶。この間のじゃなくて、その前にも」
翔「は…?」
やっぱり知らなかったのか。
入院してる間は視線を感じなかったし、勉学にきちんと励んでいた翔だから、そこまでは知らないんじゃないかと思っていた。
智「今から3年程前? 翔くんに出会ってから2年後位だね」
翔「え、前もこんな事があったって言うの…?」
智「そう。だから、翔くんの事もきれいサッパリ忘れてた筈だよ」
翔「だからか…」
智「ん?」
翔「そっか、だから…」
智「んん?」
翔「あ、いや、何も」
翔は拍子が抜けた顔をした。
ずっと俺が意地悪したと思ってたんだろ。
まあ、あながち間違っても無いけど。
翔『どうしちゃったんだよ、最近…』
俺の肩を掴んで離さないんだ。
翔『何だよあのスーツ。あんなの着て何してんだよ…』
なんだコイツ、何処まで俺の事を見てるんだよ。
翔『俺の事無視するのも、そのせいなの…?』
何を言ってんだよ。
だからお前の事なんて分からないんだって。
翔『ねえ、何とか言ってよ』
涙目で俺に訴えるんだ。
翔『…何とか言えって!』
急に声を張り上げた。
それに驚いて目を丸くした俺を、物凄い力で抱き締めるんだ。
智『ちょ、や、やめ』
まるで締め殺されるんじゃないかと思う程にその力は強くて。
智『い、痛いよ。離して…』
痛くて苦しいのに、凄く温かくて。
何故か俺は動けなくて、胸がきゅっとするんだ。
智『ん…っ』
男とキスなんて。
考えた事も無かった。
智『んん…っ』
何を考えてるかも分からない、こんな危ない奴とキスなんて。
明らかに唇を奪われていて、俺は当たり前の様に嫌がるんだ。
その筈だった。
智『ん、ふ…』
それが何故力なんて抜けるんだ。
別に翔のキスが上手い訳じゃない。
その温かさに惑わされるんだ。
たぶんとっくに俺は翔を好きだったんだ。
その温かいキスを、何処かで待っていたに違いない。
だから俺は、その唇から甘い息を吐いたんだ。