霧島さん
第1章 プロローグ
「でも、せっかくお隣同士ですし。お名前教えてください」
呆然と立ち尽くす私にくすりと笑った男は、ゆるりと右手を私に差し出した。
「あ、どうも…」
私より断然大きくて骨ばった手に引き寄せられるように、私の右手がその手に吸い寄せられる。
「って、よろしくしないですって!」
が、私は慌ててその手を引っ込めた。
危なかった…。この男のペースに巻き込まれるところだった。
「…、それより手首細すぎませんか?ちゃんと食べてます?」
「わっ?!」
と、一瞬間ができたかと思うと、中途半端に戻していた腕をガシリと捕まれ、引き寄せられた。
なんて綺麗な顔なんだろう。驚くほど精巧な顔立ちをした男の顔が目の前でいっぱいに広がる。
そして彼のふわりとした黒髪がおでこに触れて、カッと体温が一気に上がった。
「は、離してください…ッ」
「腰も細くないですか?あばらが見えるくらい細いと体に良くないですよ」
「っ!?」
するりと男の手が腰を滑り、いじらしい刺激に体がぞくりと震える。
「…可愛い人ですね」
「ん、っ」
そして耳元で囁かれ、吐息が耳を撫でたせいで鼻から小さな声が漏れ出てしまった。
しまった。
はっとして男を見ると、男は楽しそうに私の耳を撫ぜ、「可愛い」とまた一言。
そう言った男の薄い唇はしっかりと弧を描いていて、私は沸々と恥ずかしさやら怒りやらが湧き上がってきた。
「可愛い可愛いばかり言わないでください!!不法侵入者でしょう!!」
「可愛い人に可愛いと言うのは礼儀ですよ」
「なっからかうのも程々にしてください…ッ」
なんで朝からこんなに声を出さなくちゃならないんだ。人と対峙することだって怖くて心臓も破裂しそうなのに…!
しかもちゃっかり不法侵入の部分はスルリとかわすし!!