霧島さん
第5章 志月筧
頭でわかっているはずなのに、
「ハナ、好きですよ」
彼と同じ声で、口調で、そんな事を言われてしまったらもう、のまれてしまう。
先程まで美味しいと感じていたハンバーグも、味がしなくなってしまった。
「ハナって呼んで欲しかったでしょう?これからはいくらでも呼んであげますよ」
「…ッやだ、」
「ハナ」
「やだ、やめて、」
膝の上で強く拳を握る。
もし、この甘言に惑わされてこの人を受け入れてしまったら。
私はもう、私じゃなくなる気がする。
でもーーー…、
「目を瞑って、俺を受け入れて。ずっと傍にいるから」
「ーー…ッ」
目を瞑ってしまったら、瞼の裏に映るのは、あの胡散臭い笑みを浮かべる志月蛍ただ1人だった。
「し、志月さん、」
「うん」
「私を捨てないで…」
「捨てません」
「傍にいて…」
「傍にいます」
ガタリと音を立てて立ち上がった『志月蛍』が、そっと私を包みこむ。
鼻を掠める香りは、久し振りの彼の匂いだった。
「好き…ッ」
「俺も好きですよ…」
そして、吐息が頬を掠めたあと、
「ん…、」
私の呼吸は、『志月蛍』に奪われていた。