テキストサイズ

最後の恋

第3章 のりもの


桜の季節に、彼とボートに乗った。

私は手こぎボートが得意だった。

スピードこそ出ないものの、細かくオールを調節して、混雑した池をすり抜けることができた。

でも残念ながら、二人でボートに乗った池は、ほぼ貸切り状態で、私の腕を披露するには向いていなかった。

それでも彼はボートに乗り慣れていなかったらしく、私がこぎだすと、物珍しそうに手元を覗き込んで笑っていた。

しかし、終始私にこがせ続けることは彼のプライドが許さなかったらしく、替わるよ、と途中で言われた。

漕げますか?と聞くと、ちゃんと見てたから大丈夫、と自信ありげだった。

確かに彼の手つきには、危なげがなかった。

私の腕にはない力強いストロークで、ボートはぐんぐん進んだ。

その筋ばったたくましい腕を見ていると、風を切る爽快感と共に、少しねばつくような甘やかな気持ちを感じた。

もう少し、このまま。

そんなことを思ったのもつかの間、ボートはあっという間に池の端に着く。

意外と楽しいね、と無邪気に彼が笑った。

じゃ、もう一度漕いでくれませんか、向こう岸まで。

私の頼みに、彼は休む間もなくオールをとってこぎ出した(うまく転回ができなかったので、それは私が替わった)。

長い旅路でないのはわかっていたが、私の胸の奥は喜んでいた。

今思えばそれは紛れもない欲情であり、言い訳もできない不純な想いだった。

それでも私たちを乗せたボートに降り注いだ桜の花びらは、白く美しかった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ