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最後の恋

第5章 くちづけ

彼は煙草が嫌いで、私は隠していたけど喫煙者だった。

彼に応えてあげられない自分が悲しくなると、私は煙草を吸った。

煙草をおいしいと思ったことはないが、自殺するような度胸のない私は、それで自分の命を縮めているような気になって、ある意味罪滅ぼしをしている気分だった。

彼とはよく会社帰りに公園で会っては、いつもなだれるように抱き合って、街灯の下で終電までキスをした。

こんなことしてたらだめだよね、と、ベンチに座って私の髪を指ですきながら、彼は笑った。

いつも遅くまで付き合わせてごめんね、と言う彼の腕の中で、私は首を振った。

髪、煙草のにおいがしませんか、と何でもないことのように切り出した。

これで幻滅してくれたら楽なのに、と、そう思った。

彼は、少しびっくりしたように私を見て、吸うの?と聞いた。

吸いますよ。そう言って、鞄から煙草を取り出した。

もうキスしたくなくなっちゃったでしょう。そう言って彼に抱かれたまま、顔だけ風下に向けて火をつける。

白い煙が立ち上ぼり、慣れたメンソールの香りが喉を刺激した。

ふいに彼の片腕が、私を強く抱き寄せた。そして、もう片方で火のついた煙草を私から取り上げると、一口吸った。

激しく咳き込む彼に、私は慌てて煙草を取り返し、携帯灰皿に突っ込んだ。

不味いよ、と顔を上げた彼は、咳き込みすぎて涙がにじんでいた。

呼吸を整えながら、彼はもう一度私を抱き直し、髪をひとすじすくって、口づけた。

神経も通っていないのに、ぞくりと腰が疼いて思わず身じろぎすると、彼の唇が私のそれをふさいだ。

いつも通りの深いキスに、先ほど感じた疼きが甘く全身に染み渡っていく。

やっぱりキスしたくなる、君が煙草吸ってても。

ようやく唇が離れると、彼の顔はぼんやりとした白い光の下で、どこか潤んで見えた。

だから煙草、やめた方がいいよ。

優しく諭すように私の頭を撫でて、彼はもう一度、長くて深いキスをしてくれた。

彼は本当に煙草と相性が悪かったようで、翌日は午後まで具合が悪くなったらしい。

もう吸っちゃだめですよ、と言う私を、こっちの台詞だ、と抱きすくめて、それから真剣な声で、煙草やめなよ、と囁いた。

そうですね、と頷いた私は、でもそれからずっと彼と会った後は、一人で煙草を吸っていた。

それでも彼は、別れの時まで私とキスをしてくれた。

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