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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第1章  出逢い

「きっと萌ちゃんが見たのは僕の伯父だと思うよ」
 彼はそう言うと、〝あっ、そうか〟と小さく呟いた。
「萌ちゃんの名前だけ訊いて、自分は名乗ってないもんなぁ」
 頭をかきながら上着の内ポケットから名刺入れを取り出している。
「これを良かったら、どうぞ」
 差し出された名刺には〝カメラマン 田所祐一郎〟と印字されていた。名前の下に携帯電話の番号と生年月日も添えられている。
 〝一九七十年二月六日〟生まれということは、六十六年生まれの萌より四歳下という計算になる。端整でほどほどの甘さを持つルックスは見ようによっては若くも見え、また、逆にクールすぎるほどクールにも見える。
 今で言う〝美男(イケメン)〟であるのは間違いないし、その上、物腰も穏やかで人を逸らさない話術の持ち主とくれば、さぞや女性にモテるだろう。―などと、萌は余計なことまで考えてしまう。
「祐一郎―さん」
 萌は小さく声に出してみる。
「ここの写真館のオーナーは僕の伯父なんだ。僕の母が伯父さんの妹でね。伯父さんには小さい頃から息子のように可愛がって貰って、プロのカメラマンに憧れてたからかな、この道に入ったのは。伯父さんの影響が大きいだろうね」
 やっと名前が判った途端、もう別離のときが迫っている。
「色々とお世話になりました」
 萌がもう一度頭を下げると、祐一郎は律儀に自分もお辞儀する。
「こちらこそ、良い勉強をさせて貰いました。ありがとうございます」
 萌は何となく後ろ髪を引かれる想いで写真館を後にした。曇りガラスの扉を開けた時、雨は完全に止んでいた。
 まだグレーの雲が帯のように幾重にも空を覆ってはいるものの、雲間からは時折、薄い紗のように弱々しい光が差し込んでいる。舗道沿いの紫陽花の花びらの上で雨滴が煌めき、その一つ一つの小さな花びらは、まるで、ひと粒の真珠を澄んだ水底に落としたようだ。
 腕時計を見ると、時計の針は二時十分を指している。かれこれ一時間半、その写真館にいたことになる。その時間が長かったようにも呆気なかったようにも思えるのは何故だろう。そろそろ下の娘が小学校から帰る頃だと、萌は急ぎ足で帰り道を辿り始めた。

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