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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第2章 揺れる心

 祐一郎と出逢った次の日は土曜日だった。
 萌は二人の娘たちを連れて同じR市内にある実家を訪ねた。夫の史彦の運転するスカイラインの助手席には萌が座り、後部座席に二人の娘が陣取る。長女の萬(ま)里(り)は小学五年、次女の芽(め)里(り)は小学校二年だ。二人共に父親似で、史彦はこの娘たちには眼がない。といっても、無闇に甘やかせるのではなく、叱るときはきちんと叱るし、けじめはつけている。
 萌の両親は、どちらも六十代後半だ。一人っ子だったせいで、萌は小さいときから大切にして貰ったと自分でも思う。父は、どちらかといえば史彦に似たタイプで、謹厳実直を地でゆくような地方公務員だった。今は退職して母と二人で時々温泉旅行に出かけたり、趣味のゴルフを楽しんだりと老後をそれなりに過ごしている。
 母もまた典型的な専業主婦で、父の言葉に真っ向から逆らったのを見たことがない。もっとも父は融通のきかないところはあるが、理屈に合わないことはけして言わなかったし、無理を通そうとしたこともなかった。家庭は平和そのもので、両親が声を荒げて喧嘩しているのなど、子ども心にも現在に至るまでにも一度も記憶にない。
 要するに、萌の人生は生まれたそのときから、今と変わらず平穏そのものだった。一人娘であった萌を嫁に出すときの条件として父がたった一つ史彦に示したのが、月に一度は孫を連れて夫婦揃って顔を見せにくることだった。
 史彦もまた父に負けず劣らず律儀なので、夫はその約束をいまだに忠実に守り続けている。父も母も二人の孫娘を見ると相好を崩し、まるで百年以上も逢わなかったとでも言いたげに構うのは毎度のことだった。大抵は土曜日の昼前に訪ね、その日の夜、皆で夕食を囲んでから帰途に就く。母はこれ以上はないというほど張り切って台所に立ち、萌はそんな母を手伝う。史彦は父と二人でゴルフ談義に興じる。
 もっとも、ゴルフなど全く縁のない史彦は、ただ舅の自慢話に黙って耳を傾けているだけだ。史彦の両親は栃木にいるが、史彦もまた一人息子である。数歳違いの姉がいるが、こちらは他家に嫁いでいる。今はまだ両家の両親共に健康そのものだから良いけれど、いずれは両親たちも、もっと歳を取る。
 そうなった時、同居はどうするのか、史彦の両親、萌の両親、一体どちらの両親と同居するのか―、実は頭の痛い問題が山積みなのだ。

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