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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第2章 揺れる心

 史彦は親孝行だから、萌の両親も大切にしてくれる。だが、やはり、実の親に対する情は特別だろう。それは萌だって、同じだ。
 自分で言うのも何だが、見合いした直後から、史彦からはかなり猛烈なアタックがあった。縁談の仲介を取ってくれた父の友人も呆れるほどの連日の電話攻撃で、婚約が決まったのは見合いからひと月後、結婚式は何と三ヵ月後という超スピードだった。
 おっとりとした普段の夫からはおよそ想像もできないほど、そのときは速攻で萌にプロポーズしてきたのだ。史彦の実直な人柄を父は気に入ってはいたものの、一人息子であるということ、実家が栃木と遠く離れていることなどに不安を抱いていたようで、実のところ、最初は反対していた。史彦がいずれ家族を連れて栃木に戻ってしまえば、萌とも滅多に逢えなくなると思っていたようだ。
 それでも、娘を真剣に愛する史彦の熱意にほだされ、結局は二人の結婚を承諾した。
 その日もいつものように、実家を出たのは既に夜になってからのことだった。梅雨の晴れ間は一日と保たず、夕方から再び雨が降り始めていた。
 既に辺りの風景は夜の底に沈んでいて、古くからの家並みが続く住宅街は静まり返っていた。道路沿いの家々に灯るオレンジ色の灯りだけが闇に滲んで浮かび上がっている。
 時計は午後七時を回り、後部座席に芽里を真ん中にして萌と萬里が座った。芽里は疲れたのか、車に乗るとすぐに眠ってしまった。
 フロントガラスのワイパーが作動する音だけが静寂の中、やけに耳につく。史彦も父の長話の相手に疲れたようで、いつもより更に無口だ。黙々と運転に集中している。
 その時、何を思ったか、史彦がカーステレオのスイッチをオンにした。
 途端にDJらしい女性の声が響いてくる。やけにハイテンションな声は、今の場合、ちょっと場違いというか耳障りにも聞こえる。
―はーい、それでは次の曲は、沖縄は那覇市のペンネーム、ミホリンさんからのリクエストで、Kの〝会いたいから〟です。
 言い終わると同時に、曲が流れてきた。
 萌は聞くともなしにシートに背を預け、耳を傾ける。

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