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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第2章 揺れる心

 歌詞を聴いている中に、心が震えてきた。何という切ない曲だろう。片想いか、或いは既にエピローグを迎えた恋を歌ったもののようだが、離れていても相手を想い続ける心情がノリの良いメロディーに乗って切々と紡がれてゆく。
 どれほど経ったのだろう。
「ママ、どうしたの?」
 ふいに我が子の声で現実に引き戻された。
 気が付くと、萬里が不安そうな瞳で萌を見つめている。
「ママ、泣いてるよ?」
 娘のひと声で、萌はその時初めて、自分が泣いていることに気付いた。
 萌は指先でそっと自分の頬に触れる。流れ落ちる熱い雫を指先でぬぐった。
「ごめん、何でもないの」
 萌は前方で運転している夫を気にしながら、慌て萬里に微笑みかける。Kという歌い手を萌は知らないし、この歌も聴いたことはなかった。でも、聴いている中に、萌の心の中に浮かんでいたのは、田所祐一郎の顔だった。
―僕もその縁を大切にしたい。僕に写真を撮って欲しいと頼んだことを、その人に後悔させたくないんだ。ああ、ここに来て写真を撮って良かったと思って貰えるような写真を撮る―それこそが僕の使命だと思うから。
 昨日から幾度、あの真摯な言葉を思い出しただろう。時に少年のようにも見える整った顔立ちや熱っぽく夢を語る表情を瞼に甦らせたことか―。
 もしかしたら、自分は恋に落ちてしまったのかもしれない。萌は、しなやかな鞭でピシリと頬を打たれたような衝撃を受けた。
 史彦と付き合っている間は、一度として感じたことのないような―切ないほどのこの胸の疼きは、かつてOLになってまもない頃、知り合った新聞記者に抱いた恋心に似ていた。それは各有名メーカーの新入社員へのインタビューという形式で、萌が取材対象に選ばれたのは、ほんの偶然だった。
 萌は当時二十八歳だというその若い新聞記者にひとめ惚れしてしまったのだ。そのときは奥手の萌にしては珍しく告白して、数回デートするまでには至ったものの、結局、萌の一方的な片想いということで終わった。
 祐一郎に対する気持ちは、あのときの気持ちに怖ろしいほど似ている。相手のことを考えただけで、溜息が出そうなほどの胸苦しくなる心、一日中、今頃、あのひとはどこで何をして、何を考えているのだろうかと思って涙してしまうことさえも。

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