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売り専ボーイ・ナツ

第2章 売り専への道

売り専では、ホストクラブ同様ボーイは源氏名を使う。
お客さんに本名を教えることはない。
よほど仲がよくない限りボーイも他のボーイの本名は知らないし、知っていても店では源氏名で呼び合う。
それがルールだ。

「どうする?」

そう言われて、俺は困った。
ここに来るまで、いろんなことを考えていた。
どんなお客さんがくるのだろう、どういうふうにセックスするのだろう。
でも、源氏名までは考えていなかった。

「何でもいいです」

俺は困って、ただそう返した。

「タイキ、お前何がいいと思う?」

コウさんは、今度はタイキくんと顔を見た。

「そうだねー。ケンとかタクとかが付くイメージじゃないよね」

けんじ。けんた。けんや。たくみ。たくや。
それらは消えた。

しばらく、何の案も出ないまま時間が流れた。

「ナツ、はどう?」

急にコウさんがそう言った。
コウさんのパソコンデスクには、サントリーのオレンジジュース「なっちゃん」が置いてあった。
それを見て思いついたらしい。

ナツ。

「いいんじゃない?ナツっぽいよ」

タイキくんが賛同した。

「どう?」

俺の顔をじっと見るコウさんに、俺は「はい」と言ってうなずいた。

この瞬間から、俺はナツになった。
コトッと音を立て、人生がほんの少しだけ別の方向に転がり始めた。

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