続・あなたの色に染められて
第10章 マタニティ・ライフ
『気持ち良さそう。』
『バーカ人形だろ?』
京介さんの大きな手に支えられた人形は湯船のなかをプカプカと緩やかに浮いていた。
先日の母親学級で私も挑戦したのだか、小さな手がいけないのか赤ちゃんはズルズルとお湯のなかへと沈んでいった。
『沐浴は京介さんの担当で決まりですね。』
もう少し先の幸せな未来を予感しながら赤ちゃんを拭きあげ産着を着せていると今度は京介さんが
『なるほどな。俺が風呂に入れておまえが着せる…チームワークってことだな。』
一人で納得している。
二人で手を取り合って歩み始めた道をもう少しで3人で歩み始める私たち
『…やっぱり仕事辞めてくれないか?』
帰りの車中で京介さんが私の手を握りながらポツリと呟いた。
『正直 もうそろそろ辛いんだろ?飯だった食えなくなってきてるし 腹だって張ってるみたいだし…』
図星だった。痛いところを突かれたというか…やっぱり彼に隠し事をすることは難しいんだってな思い知らされた。
『助産師さんも言ってただろ?腹の子と母親は一心同体だって。』
信号待ちの交差点で手を引かれ肩に手を回されると
『ゆっくりするのも母親の努めだろ?最善を尽くしてやろうぜ。』
信号が青になったタイミングで頭をポンポンと叩かれると私は素直に首を縦に振った。
窓の外に視線を移しながら自分の不甲斐なさに溜め息を溢すと
『来月 二人で旅行に行かねぇか?』
『…旅行?』
京介さんは私の操り方を知っている。
『俺がおまえを独り占めできる最後の旅行…行かねぇか?』
『行く!』
俯く私を一瞬で頬を緩ませたから。
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『もういいから。何かあったら電話するし俺がそっちに行くよ。』
翌日から私は産休をとる準備に取りかかった。
風間くんにその旨を伝えると当たり前だと言わんばかりにケラケラと笑われ
『ほら妊婦はおとなしくデスクワークでもしてなさい。』
『そうですよ璃子さん。私もいるんですから!』
人に甘えることの大切さを感じた。
『じゃあとりあえずお茶でも…』
『だからいいって言ってんだろ?顧客リストでも纏めてなさい。』
この二人だったからここまで働くことができたんだ。
殺風景な事務所にいつも響いていた男の人には珍しい高い笑い声。
『ありがとう!』
素直に頭を下げられる関係にただひたすら感謝をした。