テキストサイズ

月の降る夜に

第1章 その出会いは日常の崩壊

■□◆□■

チロチロと焔が舌を出して天幕を舐る。

煙火の臭い。

目の前は朱、赤、緋、紅……………。

踏みつけた地は赤黒い水溜りだった。

「ーーーーー!」

こんな惨状など理解していたはずなのに、頭ではわかっていたはずなのに、心が嫌悪する。

感情が拒絶する。

苦いものが喉の奥からせり上がってきた。

今からこんなことでどうするんだ。

私はいずれ戦場に立ち、自らの手で屍を築いていかねばならんというに。

私はこの国の公主であるというに。

唾液を飲み下して事なしをえる。

生理的に涙が浮かんだ。

冷静になってみれば、この場は先ほどまで戦闘があったようなのに天幕が燃えている以外、荒らされた痕跡がない。

まるで暗殺者の仕業のように。

だが、こんな小さな集団を襲うことの利点はなんだ。

公主を狙っての兇手であるなら私を真っ先に狙うはずだ。

私を殺さず付き人だけを襲い天幕に火をつけるなぞ目立つ行為をすることに意味などない。

そして死体が一つも見当たらないことも不可解だ。

血痕はある。致死量のものではないが、多数。

一体何が目的だ。

十数人を連れ去ることで何をしたいんだ。

花繚(ファーリャオ)、

花繚(ファーリャオ)、

花繚(ファーリャオ)…………。

兎に角無事であるかどうかもわからないのだから、私だけでも一旦城か、州都に戻り軍を借りる必要があるだろう。

敵が、逸れ者かも知れずとも流れ込んできているのだから。

馬が盗られていないとよいのだが。

再び足を進めようとした時、首筋に鈍痛が走った。

体が傾ぐ。

ぬかった。

気配を感じ取れなかった。

倒れ込んだと同時に視界が黒く染まり、"私"が遠ざかる。

意識の最後の一欠片を手放す寸前声が聞こえたような気がしたが、それを理解することはなかった。

■□◆□■




ストーリーメニュー

TOPTOPへ