僕は君を連れてゆく
第22章 ネクタイに指をかけたら
ー待ってる。ー
簡潔に用件だけを伝える、やり取り。
俺は決して、マメなほうじゃない。
誕生日だって忘れるし、もちろん記念日なんて祝ったことすらない。
でも、あなたと恋人になってからは少し違う。
いつも、朝を迎えるとあなたはもう起きていてすでにスーツを身にまとっている。
ネクタイを絞め、眼鏡をかけて。
昨夜のあなたは俺の幻想か?
と、最初は驚いた。
でも、眼鏡の奥の瞳は俺をきちんと捉えていて
「おはよぅ。」と小さく、可愛く挨拶されて
俺は幸せを感じるんだ。
もう少し、見せてくれてもいいんだ。
どんな、主任だって。
社に行くのは別々なのは、仕方がない。
俺は電車、主任は車だ。
俺を見送る時に見せる、寂しいと訴える目に俺は愛を感じているんだ。
〓昼過ぎ〓
デスクでメールのチェックをしていると相葉と主任が並んでフロアから出て行った。
気になる。
すんげぇ、気になる。
気がついたら後を追っていた。
そこは社内の資料庫。
あまり、人の立ち入らない場所。
そこに、主任を、好きだという相葉と二人きり。
なんでたって、そんなとこに。
カッコ悪いことをしてるのは分かっているけど資料庫のドアに耳をくっつけて中の様子をうかがおうとしたら…
バタン!!!
急にドアが開いて相葉が肩を落として出てきた。
「おい、相葉?どうした?」
声をかけたが返事はなくて。
俺を見て、盛大なため息をついて、来た道を帰っていった。
「なんなんだ…」
俺は戸惑いながらも資料庫に入った。
相葉のタバコの不思議な匂いが立ち込めている。
そこには首もとのネクタイを握りしめ一人窓に凭れ、佇む主任の姿が…
ほどけたネクタイ。
乱れた髪。
濡れた唇。
何があったのか、想像がつく。
「あの…」
「あぁ、櫻井か。どうした?」
「いえ、今、相葉が…」
「あ、見てたのか…たいしたことじゃない。」
社内では本当に、上司と部下として接してくる。
こんな、誰もいないところなんだから、少しくらい…
「なにがあったんですか?」
「別に…たいしたことじゃない。」
「でも!」
「いいんだ!」
俺は、踏み込めないのか…
恋人だろ?
頼ってくれてもいいじゃないか…
「わかりました。」
主任から話してもらえないなら、相葉から聞き出せばいい。