僕は君を連れてゆく
第31章 熱視線
いつもの公園に着くと、雅紀が壁に向かって
ボールを投げていた。
その壁には誰が書いたのかスプレーの落書きがあって。
それは、ちょうど三重丸で、その中心の一番小さい穴に向かって二人でボールを投げて練習した。
円から距離をだんだん離して投げたり、トスバッティングに使って跳ね返ったボールを取る守備の練習をしたり。
雅紀が投球フォームに入った。
円を見つめ、目を閉じている。
唇がわずかに動いた。
何を言ったんだろう。
左足をあげた。
このとき、雅紀の身体は全体的に右へ動く。
右足だけで体重を支えるこの一瞬、この踏ん張りが
球へ伝わる力となって球速になる。
振りかぶった雅紀の指先から白球が離れていく。
流れるような一連の動き。
しなやかで美しい。
見惚れていた。
「あっ!翔ちゃん!」
「お、おう!」
雅紀はTシャツに短パンだった。
「暑いねぇ~」
「バットも持ってきたの?」
「なんか、癖だよね。セットで持ってきちゃう。ってか、翔ちゃんはマジでグローブだけ?」
「あ、ホントだ…ボールねぇや…」
「珍しいね?本当は眠かったんじゃないの?」
公園のベンチに座った雅紀。
俺を見上げるその瞳に俺が写っている。
俺は雅紀から離れてグローブを構えた。
「軽くな!明日に響かない程度に!」
雅紀はヒョコっと立ち上がって拳を突き上げて、了解!と言った。
ゆっくり、ふんわりボールを投げてキャッチボールする。
雅紀の肩を、肘を壊さないように優しく。
何十球か繰り返したら、雅紀は下を向いた。
「…?…」
「…翔ちゃん…勝ちたい。」
「そだな。勝ちたいよな。」
「もっと、翔ちゃんと野球したい!」
「俺も!」
雅紀はいつものように笑った。
それから、また、キャッチボールをして自販機で
ジュースを買って飲んで…
「そろそろ、マジで寝ないとヤバイな…」
「うん…でも、眠れそう。俺…」
「じゃあ、帰るか!」
「また、明日ね!翔ちゃん!」
「おう!また、明日!」