ガラスの靴がはけなくても
第1章 眠れぬ夜
「からかいがいがあるヤツ」
肩を振るわせる部長をこっそり横目で睨む。
「部長。この車は禁煙車です」
ポケットから煙草を取りだし火を点ける部長に、ついつい刺々しい言い方をしてしまったけれど。
私を苛立たせたのは部長のせいなんだから仕方ない。
「勤務時間外だからいーの」
……絶対にいい訳がない。
車のダッシュボードに貼られた『禁煙車』のステッカーを眺め、この人に何か言うのは諦めようと思った。
大体、頭がキレる人は口もたつものだ。
私なんかが反抗のしようがない。
「なぁ、藤野」
「なんでしょうか?」
やる気のない返事をしたものも、次の瞬間身体を強張らせることになった。
「サトルって藤野の男?」
部長の口から出た彼の名前に。
「どう、して…」
何故、彼の名を部長が?
笑うのを止めた部長は私の方なんか見てない。
ずっと前だけを見て器用に左手だけで運転してる。
彼が吐き出す煙が車内に立ち込めていた。