
君が桜のころ
第2章 花影のひと
そうして、清賀礼人から正式に横浜山下町の屋敷への招待状が届いたのは、お披露目会から半月ほど過ぎた五月晴れが続く朝のことだった。
いつものように三人で静かに朝食を摂っているところに麻乃が一通の手紙を銀の盆に載せて、恭しく慎一郎に差し出した。
「只今、使者の方が直接お届けに見えられました」
慎一郎はナプキンで唇を抑え、差出人の名前を見ると形の良い片眉を上げた。
「…清賀礼人…。先日いらした朝霞のご友人か…」
綾佳のフォークを持つ手が思わず強張る。
…と、同時に綾佳の背後に控えていたスミが息を呑む音が聞こえた。
一連の僅かな動きを凪子は見逃さなかった。
凪子は綾佳の美しい顔が困惑に俯くのをじっと見つめる。
「…まあ、お珍しい。…どのようなご用件なのかしら?」
朗らかな声で尋ねる妻に、慎一郎は綺麗な手つきで銀のペーパーナイフを操り、素早く手紙に目を通す。
そして、不可思議な表情を浮かべると肩を竦めた。
「…綾佳に山下町の清賀氏の屋敷に遊びに来て欲しいと書いてある」
綾佳の反応より先に、乳母のスミが小さく驚きの声を上げた。
普段、無作法は決してしないスミの行動に、麻乃はもちろん慎一郎も不思議そうにスミを見た。
「どうした?スミ。何かあったか?」
スミは咄嗟に首を振る。
そして怯えたように詫びる。
「…い、いいえ…何でもございません。失礼いたしました」
凪子はスミの様子を黙ってつぶさに観察していたが、慎一郎はすぐに関心を失くした。
そして珍しく少し楽しげに話し出す。
「…どうやら清賀氏は綾佳がいたく気に入られたご様子だな。…是非、お茶会にご招待したいと書かれている。…勿論一人では心許ないだろうから凪子さんもご一緒にいらしてほしいと…どう思う?凪子さん」
手紙を凪子に手渡しながら、気楽な様子で尋ねる。
清賀の興味が綾佳にあり、凪子は監視役で招待されたのだと分かったので、慎一郎は寛大な気持ちでいられたのだ。
「…綾佳はどうだ?」
兄に話しかけられ、綾佳はおずおずと顔を上げ、困ったように美しい目を瞬かせた。
「…あの…」
「まあ、引っ込み思案なお前のことだ。行きたくはないだろうな」
「…は、はい…」
叱られる覚悟で頷くと、慎一郎は意外なことに穏やかに諭しだした。
「…お前の気持ちは分かる。…だが、折角のご招待だ。凪子さんと伺ってみるのも悪くないのではないか?」
いつものように三人で静かに朝食を摂っているところに麻乃が一通の手紙を銀の盆に載せて、恭しく慎一郎に差し出した。
「只今、使者の方が直接お届けに見えられました」
慎一郎はナプキンで唇を抑え、差出人の名前を見ると形の良い片眉を上げた。
「…清賀礼人…。先日いらした朝霞のご友人か…」
綾佳のフォークを持つ手が思わず強張る。
…と、同時に綾佳の背後に控えていたスミが息を呑む音が聞こえた。
一連の僅かな動きを凪子は見逃さなかった。
凪子は綾佳の美しい顔が困惑に俯くのをじっと見つめる。
「…まあ、お珍しい。…どのようなご用件なのかしら?」
朗らかな声で尋ねる妻に、慎一郎は綺麗な手つきで銀のペーパーナイフを操り、素早く手紙に目を通す。
そして、不可思議な表情を浮かべると肩を竦めた。
「…綾佳に山下町の清賀氏の屋敷に遊びに来て欲しいと書いてある」
綾佳の反応より先に、乳母のスミが小さく驚きの声を上げた。
普段、無作法は決してしないスミの行動に、麻乃はもちろん慎一郎も不思議そうにスミを見た。
「どうした?スミ。何かあったか?」
スミは咄嗟に首を振る。
そして怯えたように詫びる。
「…い、いいえ…何でもございません。失礼いたしました」
凪子はスミの様子を黙ってつぶさに観察していたが、慎一郎はすぐに関心を失くした。
そして珍しく少し楽しげに話し出す。
「…どうやら清賀氏は綾佳がいたく気に入られたご様子だな。…是非、お茶会にご招待したいと書かれている。…勿論一人では心許ないだろうから凪子さんもご一緒にいらしてほしいと…どう思う?凪子さん」
手紙を凪子に手渡しながら、気楽な様子で尋ねる。
清賀の興味が綾佳にあり、凪子は監視役で招待されたのだと分かったので、慎一郎は寛大な気持ちでいられたのだ。
「…綾佳はどうだ?」
兄に話しかけられ、綾佳はおずおずと顔を上げ、困ったように美しい目を瞬かせた。
「…あの…」
「まあ、引っ込み思案なお前のことだ。行きたくはないだろうな」
「…は、はい…」
叱られる覚悟で頷くと、慎一郎は意外なことに穏やかに諭しだした。
「…お前の気持ちは分かる。…だが、折角のご招待だ。凪子さんと伺ってみるのも悪くないのではないか?」
