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君が桜のころ

第1章 雛祭り

静かに朝食が始まった。
慎一郎は改めて、凪子を見つめた。
早春の朝の光の中で見る新妻は、眩しいほど輝き、また艶めいていた。
綾佳の時代が止まったかのような着物姿ばかり見慣れた慎一郎の目からは、凪子の洋装が新鮮に、華やかに映る。
小作りの顔にはやや西洋人めいた華やかな目鼻立ちが整い、分けてもその意志的な大きな瞳とふっくらと瑞々しい唇が蠱惑的で思わず見惚れずにはいられない。

慎一郎は昨夜の褥の中で妖艶に変化した凪子の姿態を思い出した。
女性の経験が少なくはない慎一郎であったが、凪子の美しく夜目にも輝くような肢体や、恥じらいを持ちつつも慎一郎の要求に厭わず、しなやかに時には媚態を見せながら応えた様は、彼を夢中にさせるのに充分なものだった。
「…貴女は…素晴らしい…こんな身体をしていらしたとは…」
快楽を極めた中で思わず口走った慎一郎に凪子はうっとりと妖しく微笑み、慎一郎の唇に唇を重ね、柔らかく覆い被さってきた。
そのあとは、東の空が白むまで凪子の身体を貪るように何度も求めた続けた慎一郎であった。

仲人口から大富豪、一之瀬財閥の娘との縁談を聞かされた時は、この九条家の窮状を救って貰えるなら、どんな醜女でも目を瞑って承諾する覚悟だった。
それくらい九条家の財政は破綻していたのだ。
慎一郎は九条家の当主として代々続く名門公家のこの家を没落させるわけにはいかなかった。
…結婚などどうせただの契約だ。
どんな娘でもこの家の窮地を救って貰えるなら一生、仮面夫婦を演じてやるまでだ。
慎一郎は美貌の陰でそう覚悟を決め、偽りの笑顔を作りながら、見合いの席に座った。

父親の一之瀬彌太郎氏はお世辞にも美男とは言えない無骨な風貌の男だった。
瀬戸内の小さな村出身で海運業から身を起こし、銀行を始め数々の事業を興し大財閥を築き上げた男…。まさに叩き上げの男だ。
…その娘だ。容姿は期待できまい。
開き直り、見合い写真も見ずに臨んだ慎一郎だったのだが、現れた凪子の類稀なる美しさに言葉を失ったのだ。
西洋人のような彫りの深く華やかな美貌はもちろんのこと、その容姿に纏われた犯し難い気高さやあたりを払うような独特のオーラに圧倒された。
凪子は凄味がある程の美貌だが、慎一郎と眼が合うと大輪の花が咲いたかのような笑みを見せ、その瞬間慎一郎は呆気なく恋に堕ちてしまったのだ。








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