君が桜のころ
第1章 雛祭り
「…私は2年前までパリにおりました。15の歳にフランスへ渡り、リセからソルボンヌ大学へと進学いたしました」
「それは素晴らしい」
道理で。と、慎一郎は合点がいった。
凪子ほどの才色兼備の令嬢が東京にいたら社交界で評判になっていたはずだし、必ず出逢っていたはずだからだ。
「…パリで私には恋人がおりました」
凪子の左隣りの凪子の兄が、大袈裟に咳払いをした。
「凪子、よしなさい」
一之瀬銀行の若き社長、凪子の兄彌一郎は父親彌太郎に似ず、お堅い真面目な性格らしい。
銀縁の眼鏡を押し上げながら凪子を睨んだ。
そんな彌一郎を微塵も気にする様子もなく凪子は続けた。
「…私はその恋人と大変愛し合っておりましたが、結ばれることは叶わずに別れてしまいました」
凪子の瞳が一瞬、哀しげに潤む。
「…凪子さん…」
「その方とのことはもう美しい想い出です。未練もございません。
…ただ、つまり私は処女ではありません」
彌一郎が飲みかけのワインを盛大にむせ、仲人口は手からフォークを取り落とした。
「な、凪子!」
彌一郎が凪子の袖を引く。
彌太郎は首を振りながら溜息を吐く。
「またお前は…これで3度目じゃ。また見合いをぶち壊す気ぃか?」
「いいえ、お父様。私は慎一郎様とのお話を真剣に考えているからこそ、ありのままの私を知っていただきたいのです。…慎一郎様も私に、お妹様のことを包み隠さずお話下さったのですから」
「凪子さん…」
「日本の殿方は妻になる女性の処女性を何より重んじるそうですわね。
…もし私の過去がお気に召さずに、初夜の翌日に実家に送り返されたら悲しいですもの」
凪子は嫣然と微笑んだ。
慎一郎はその瞬間、身体の芯が熱くなるのを感じた。
「いいえ、凪子さん。私は女性の処女性には拘りません。純潔であるか否かなど取るに足らないことだ。凪子さんは信じがたいほどお美しい。…このような方に恋心を抱かない男性はいないでしょう。当然の理です」
慎一郎は凪子の目を見つめて率直に答えた。
「…慎一郎様…」
父親の彌太郎が大声で叫んだ。
「さすがは名門公家の御曹司様じゃ!器が違う!顔だけのお坊ちゃまかと思うたが、度胸が据わっちゃるのう」
彌一郎が慌てて目配せする。
「父さん!」
彌太郎はにやりと笑うと慎一郎にワインの杯を掲げた。
「…我が娘、凪子を莫大な持参金と共に、よろしゅうお頼み申し上げますぞ」
「それは素晴らしい」
道理で。と、慎一郎は合点がいった。
凪子ほどの才色兼備の令嬢が東京にいたら社交界で評判になっていたはずだし、必ず出逢っていたはずだからだ。
「…パリで私には恋人がおりました」
凪子の左隣りの凪子の兄が、大袈裟に咳払いをした。
「凪子、よしなさい」
一之瀬銀行の若き社長、凪子の兄彌一郎は父親彌太郎に似ず、お堅い真面目な性格らしい。
銀縁の眼鏡を押し上げながら凪子を睨んだ。
そんな彌一郎を微塵も気にする様子もなく凪子は続けた。
「…私はその恋人と大変愛し合っておりましたが、結ばれることは叶わずに別れてしまいました」
凪子の瞳が一瞬、哀しげに潤む。
「…凪子さん…」
「その方とのことはもう美しい想い出です。未練もございません。
…ただ、つまり私は処女ではありません」
彌一郎が飲みかけのワインを盛大にむせ、仲人口は手からフォークを取り落とした。
「な、凪子!」
彌一郎が凪子の袖を引く。
彌太郎は首を振りながら溜息を吐く。
「またお前は…これで3度目じゃ。また見合いをぶち壊す気ぃか?」
「いいえ、お父様。私は慎一郎様とのお話を真剣に考えているからこそ、ありのままの私を知っていただきたいのです。…慎一郎様も私に、お妹様のことを包み隠さずお話下さったのですから」
「凪子さん…」
「日本の殿方は妻になる女性の処女性を何より重んじるそうですわね。
…もし私の過去がお気に召さずに、初夜の翌日に実家に送り返されたら悲しいですもの」
凪子は嫣然と微笑んだ。
慎一郎はその瞬間、身体の芯が熱くなるのを感じた。
「いいえ、凪子さん。私は女性の処女性には拘りません。純潔であるか否かなど取るに足らないことだ。凪子さんは信じがたいほどお美しい。…このような方に恋心を抱かない男性はいないでしょう。当然の理です」
慎一郎は凪子の目を見つめて率直に答えた。
「…慎一郎様…」
父親の彌太郎が大声で叫んだ。
「さすがは名門公家の御曹司様じゃ!器が違う!顔だけのお坊ちゃまかと思うたが、度胸が据わっちゃるのう」
彌一郎が慌てて目配せする。
「父さん!」
彌太郎はにやりと笑うと慎一郎にワインの杯を掲げた。
「…我が娘、凪子を莫大な持参金と共に、よろしゅうお頼み申し上げますぞ」