君が桜のころ
第1章 雛祭り
慎一郎は回想から覚め、改めて凪子を見つめる。
綺麗に結い上げられた髪、清楚かつ気品に満ちた白いレースのブラウス、うっすらと施された化粧は新妻らしい初々しい色香が漂う。
夜の褥での凪子は確かに処女ではなかったが、かと言って擦れた風もなく、淑やかに慎一郎に従い、時にはしなやかにリードし、また包み込むようなえも言われぬような性技が備わっていた。
…つまりは凪子の魅力にすっかり取り込まれてしまった慎一郎であった。
凪子がふと慎一郎を見つめ返し、その大きな目の端で艶やかに笑った。
慎一郎はやや頬を赤らめ、照れ隠しに珈琲を口に運んだ。
凪子はしっとりとした声で慎一郎に尋ねる。
「…私のシェフが本日は朝食を整えたのですが、慎一郎さんのお口に合いましたでしょうか?いつもは和食でいらしたと伺いましたが…」
凪子の輿入れにあたり、一之瀬家はお抱え付きのシェフ、そして凪子付きの侍女とメイドを一人ずつ寄越した。
彌太郎の一之瀬家の権威を示す為でもあったが、名門とはいえ使用人を増やす余裕はない九条家の内情を慮っての行為でもあったのだ。
婚礼の日、彌太郎は上機嫌でハバナ産の葉巻を咥えながら
「凪子は金が掛かるおなごやき、慎一郎さんになるべくご迷惑掛けんようにせにゃならんからな。…凪子が使う諸々の金は全て一之瀬家で持つきに、何も心配せんでええきにのう。せいぜい凪子には贅沢させてつかあさい」
と豪快に言い放った。
慎一郎は有難いと思いつつも、この結婚における両家の実際の力の差を感じずにはいられず、内心忸怩たる思いであった。
「…美味しいですよ。私は洋食でも和食でもどちらでも構いませんから」
慎一郎は凪子に鷹揚に微笑んでみせた。
「良かったわ。…明日からは和食と洋食を交互にしつらえるように伝えておきますわね。ご希望がございましたら、仰ってくださいね」
飽くまで夫を立てる凪子の美しい笑顔を見ると、そのような僅かな矜持など瑣末なことに思え、慎一郎は凪子に微笑み返して英国式の朝食を進めたのだった。
綺麗に結い上げられた髪、清楚かつ気品に満ちた白いレースのブラウス、うっすらと施された化粧は新妻らしい初々しい色香が漂う。
夜の褥での凪子は確かに処女ではなかったが、かと言って擦れた風もなく、淑やかに慎一郎に従い、時にはしなやかにリードし、また包み込むようなえも言われぬような性技が備わっていた。
…つまりは凪子の魅力にすっかり取り込まれてしまった慎一郎であった。
凪子がふと慎一郎を見つめ返し、その大きな目の端で艶やかに笑った。
慎一郎はやや頬を赤らめ、照れ隠しに珈琲を口に運んだ。
凪子はしっとりとした声で慎一郎に尋ねる。
「…私のシェフが本日は朝食を整えたのですが、慎一郎さんのお口に合いましたでしょうか?いつもは和食でいらしたと伺いましたが…」
凪子の輿入れにあたり、一之瀬家はお抱え付きのシェフ、そして凪子付きの侍女とメイドを一人ずつ寄越した。
彌太郎の一之瀬家の権威を示す為でもあったが、名門とはいえ使用人を増やす余裕はない九条家の内情を慮っての行為でもあったのだ。
婚礼の日、彌太郎は上機嫌でハバナ産の葉巻を咥えながら
「凪子は金が掛かるおなごやき、慎一郎さんになるべくご迷惑掛けんようにせにゃならんからな。…凪子が使う諸々の金は全て一之瀬家で持つきに、何も心配せんでええきにのう。せいぜい凪子には贅沢させてつかあさい」
と豪快に言い放った。
慎一郎は有難いと思いつつも、この結婚における両家の実際の力の差を感じずにはいられず、内心忸怩たる思いであった。
「…美味しいですよ。私は洋食でも和食でもどちらでも構いませんから」
慎一郎は凪子に鷹揚に微笑んでみせた。
「良かったわ。…明日からは和食と洋食を交互にしつらえるように伝えておきますわね。ご希望がございましたら、仰ってくださいね」
飽くまで夫を立てる凪子の美しい笑顔を見ると、そのような僅かな矜持など瑣末なことに思え、慎一郎は凪子に微笑み返して英国式の朝食を進めたのだった。