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君が桜のころ

第1章 雛祭り

メルセデスに乗り込む慎一郎の臈丈て典雅な横顔と後ろ姿を見送る。
凪子は昨夜の夫の褥の中での姿を思い起こしていた。
まるで殿上人のように優美な美男子の慎一郎は、閨の中でも丁寧に優しく凪子を愛した。
冷淡に見える美貌とうらはらに慎一郎の愛撫は、濃厚で淫靡なものであった。
そして二人の快楽が同時に極まる瞬間、彼は美しい顔をやや歪ませて達し、掠れた声をあげた。
その顔と声はあまりにも湿った色香に満ち溢れ、凪子はそれに触れた瞬間におのれも快楽の淵に陥ってゆくのを感じた。
…美しい人が官能に翻弄される様は何より麗しいわ…。
遠ざかるメルセデスを見ながら、凪子は唇の端に妖しい笑みを浮かべた。

…そして、もう一人…。
凪子は後ろに控えめに従う綾佳をゆっくりと振り返る。
綾佳は凪子と目が合うと恥ずかしそうに俯いた。
…可愛いひと…そして可哀想なひと…。
こんなにも美しく薄倖な少女がこの世に存在していたなんて…。
凪子の中で、綾佳に対する庇護欲と加虐欲のようなものがない交ぜになり、経験したことがないようなぞくぞくした妖しい気持ちになる。

「さあ、綾佳さん。…お屋敷には私と貴女、二人きりになったわね」
近づいて、その手を取る。
華奢で小さな手が一瞬、震えた。
上目遣いの熱い眼差しで、おずおずと見上げる綾佳の髪を凪子は優しく撫でる。
「…綾佳さんのお部屋が見たいわ。…案内してちょうだい」
綾佳の宝石のように黒く澄んだ瞳が大きく見開かれた。

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