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君が桜のころ

第1章 雛祭り

初春のやや冷たい風が綾佳の絹糸のようにしなやかな黒髪を揺らす。
…と、横から凪子の美しい長い指が綾佳の髪を優しくかきあげた。
綾佳はそれだけで胸が高鳴る。
「…綾佳さんがこのお部屋に移られたら、このバルコニーでご一緒にお茶をいただきましょう。…きっと気持ちが良くてよ?」
…お義姉様とバルコニーでお茶を…?
想像するだけでドキドキする。
頬が薔薇色に染まった綾佳に重ねて凪子は囁く。
「…それに、このお部屋から私のお部屋は近いからすぐに会えるわ。…夜のお寝みのご挨拶もすぐにできるわ」
「…わ、私…お義姉様のお部屋に伺っても良いの?」
「もちろんだわ。後でお部屋にいらしてね。色々とお見せしたいものがあるのよ。
…ねえ、綾佳さん。こちらのお部屋に移っていらっしゃいな」
凪子の提案は魅力的なものばかりだが
「…でも…お兄様が何と言われるか…」
…お兄様は私をお嫌いだから、良くは思われないのではと不安を口にする。
「お兄様は綾佳さんが良いと仰れば構わないと言っておられたわ」
「本当に…?」
「ええ」
離れから母屋に移ることは不安もある。
けれど、凪子の近くにいられる魅力はそれを勝り、綾佳はおずおずと頷いていた。

凪子の大きな瞳が輝き、嬉しそうに微笑むと綾佳を強く抱きしめた。
ジャスミンのうっとりするような薫りに包まれた。
胸の高鳴りは止まらない。
お義姉様にお会いしてから、私はずっとときめいている。
…苦しいくらいに…。

「…嬉しいわ。承諾してくれて。…綾佳さんに相応しい上質で美しい家具を揃えるわ。寝台はフランスから取り寄せて…天蓋付きの寝台にしましょう。…そこに眠る綾佳さんを想像するだけでわくわくするわ。
きっとオーロラ姫のように美しいことでしょうね。楽しみだわ」
凪子は綾佳の額に美しい額をくっつけて、まるで恋人同士のような距離で微笑みかける。
瑞々しい薔薇のような唇が語る話はまるで夢のようで、綾佳はうっとりと凪子の顔を見つめることしかできない。
綾佳は遠慮勝ちに、しかししっかりと凪子に抱きついた。
…お美しくてお優しいお義姉様…。
大好きな大好きなお義姉様…。
凪子と出逢ってから日毎に募る想い…。
綾佳は勇気を出して小さな声で呟いた。
「…お義姉様…、だいすき…」
凪子は少し驚いたように目を見張り、そして蜜のように甘い声で耳元で囁いた。
「…私もよ。可愛い綾佳さん」

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