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君が桜のころ

第1章 雛祭り

春翔は凪子に縋り付くようにして緊張している綾佳の前に進むと、無邪気にまじまじと綾佳を見つめた。
「…へえ…。義兄さんの妹は本当に美少女だったんだ!こんなに綺麗なお姫様には初めてお目にかかったよ」
凪子は自分に抱きつくように身を硬くしている綾佳を庇うように優しく抱きしめ、紹介する。
「驚かせてごめんなさい。綾佳さん、こちらは私の弟の一之瀬春翔よ。もう二十歳なのだけれど末っ子だから甘やかされていて、ちょっとやんちゃでお行儀が悪いの。許してね。
…春翔さん、きちんとご挨拶をして」
凪子に促され、春翔は恭しく優雅に綾佳の手を取り、その透き通るように白い手の甲に軽くくちづけした。
そしてやや芝居がかった口調で挨拶をする。
「初めまして。一之瀬春翔と申します。…本日は麗しの姫君九条綾佳様にお目にかかれて恐悦至極にございます」
綾佳は初めて会った青年に手を握られただけでも驚いたのに、手とはいえ接吻され、頭が真っ白になった。
次の瞬間春翔の手を振り払うと、一目散に部屋を逃げ出してしまった。

「綾佳さん!綾佳さん、待って!」
凪子が珍しく慌てて、綾佳を追うべく部屋を出た。

春翔は肩をすくめて苦笑する。
「…聞きしに勝る深窓のお姫様だ…」
…ふと足元を見ると、翡翠の簪が落ちている。
綾佳が慌てて駆け出した時に落としたものらしい。
春翔はそれを拾い上げ、陽の光に翳す。
きらきら煌めく太古の宝石の翠が目に眩しい。
「…ふうん…綺麗だな…」
春翔は先ほどお伽話から抜け出してきたような美貌の少女を思い浮かべた。
姉の嫁ぎ先、九条家に引き篭もりの美しい妹姫がいることは何となく聞いてはいたが、これほどの類稀な美少女とは思わなかった。
しかも春翔が挨拶の接吻をしただけで、逃げ出してしまうほど初心で世間擦れしていない深窓の姫君…。

「…綾佳ちゃん…か。想像以上に麗しいラプンツェルだったな」
春翔は華やかな美貌に小さな笑みを浮かべ、翡翠の簪をそっと上着の内ポケットに仕舞った。


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