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君が桜のころ

第1章 雛祭り

「…凪子…」
春翔は少し気遣わしげな表情で凪子を見上げる。
ふっと笑うと凪子はくるりと振り返り、再び蠱惑的な笑みを浮かべた。
「…そう、どうせ意に染まぬ結婚をしなくてはならないのなら、相手は私が選ぶわ。…毎日見ても見飽きないくらいにとびきり美しい夫を。…美は絶対よ。私は美しいものが大好き。美しいものを見ているだけで高揚した気持ちになるわ。…しかも私のお金で彼がどんどん輝きを増してゆくのを見るのはもはや愉悦だわ。…それにここにはもう一人…」
凪子は窓の外の綾佳の住まいを見つめる。
「…美しい檻に閉じこめられた、この世のものとは思えないほどの美しく憐れな姫君がいらしたわ…」
凪子の形の良い唇に妖しい笑みが浮かぶ。
「…ねえ、春翔さん。覚えていて?私はお転婆だったけれど、お人形遊びが大好きだったのよ…」
春翔は肩をすくめ、ソファから立ち上がる。
「…そうだっけ?」
「そう。…今でも大好きだったのを、結婚してから思い出したわ」
楽しげな凪子をちらりと見て、春翔も窓から古い日本家屋の離れを見下ろした。
…あそこにラプンツェルは住んでいるのか…。
たった一人で…。

「…で?あのラプンツェルは凪子の新しいお人形さんなの?」
親指で窓の外を示す。
「さあ、どうかしら…。少なくとも今はお人形さんに夢中よ。…しかも生きている美しいお人形さんは、大人の最高の悦楽だわ。…だから少しも退屈なんかしないの」
凪子の唇には妖艶な笑みが消えることはない。
春翔は呆れたように息を吐く。
「…ラプンツェルも美しい毒蜘蛛の巣に引っかかったものだな。…心からご同情申し上げるよ」
そして上着の内ポケットの翡翠の簪を抑え、春翔もまたそっと笑った。

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