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君が桜のころ

第1章 雛祭り

慎一郎は眉間を顰め、憂愁の表情を見せた。
「凪子さんに関する費用ならともかく、綾佳のことで一之瀬の家に余計な出費はかけられません」
凪子は柔らかく微笑みながら、そっと慎一郎の手に手を重ねる。
「…一之瀬の父と約束してくださったでしょう?私の好きなようにお金は使わせてくださると。…私は一之瀬財閥の株もいくらか所有しております。綾佳さんにかかる費用は私の株の配当金から出させていただきます。それならよろしいでしょう?」
「…しかし…そこまで綾佳に…」
「私はお金は生きた使い方をしたいのです。綾佳さんはダイヤの原石です。これからどれだけお美しく輝かれるか楽しみでなりませんわ」
まだ渋い顔をする慎一郎に、春翔は明るく言う。
「いいではないですか?慎一郎兄さん。
僕が言うのもなんだけど、一之瀬の家にはお金は唸るほどあるんだし…それに…父さんが女遊びやお妾さんに使うお金を思えば、安いものだよね」
凪子は美しい顔に笑みを浮かべ、慎一郎を艶やかな眼差しで見つめる。
「…ええ。…私は九条家のお美しいお二人をもっともっと輝かせたいのです。
私の美しい夫を皆に自慢したいの。
慎一郎さん、私の楽しみを奪わないでくださいませ」
「…凪子さん…」
慎一郎は凪子の美しい手を取り、思わずくちづけをする。

凪子にかかれば、純粋培養な義兄を垂らしこむことなんて朝飯前だろう。
春翔は小さく笑い、運ばれてきた前菜の白アスパラガスのマリネを口に運ぶ。
そしてふと思う。
…綾佳さんは、どうしているのかな。
あの前時代の遺物のような暗い離れで一人で晩御飯を食べているのだろうか…。
憐憫の感情が思いの外、春翔を支配し自分でも戸惑う。
…綺麗で可哀想なラプンツェル…。
僕の周りにはいなかった女の子だから、物珍しいだけさ。
春翔はそう思い返して、もう綾佳のことを考えるのはやめたのだった。


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