君が桜のころ
第1章 雛祭り
…お義姉様…、今頃どちらにいらっしゃるかしら…。
パリ?ロンドン?それともベルリン?
綾佳は自室の文机に載せた地球儀で欧州の地図を辿る。
日本からの距離を華奢な白い手で測る。
…こんなに離れているのね…。
綾佳は溜息を吐く。
…お義姉様がお兄様と新婚旅行に発たれて、もう一週間になるわ…。
それなのに…
綾佳は自分の唇をそっと指でなぞる。
…まだ唇が熱い…。
お義姉様にくちづけをされた唇が…。
一瞬の出来事であった。
凪子の美しい顔が近づいたかと思うと、しっとりした柔らかい唇が綾佳の唇を包んだのだ。
それが凪子の唇だと認識した時にはもう唇は離され、凪子は妖艶な笑みを残して去ってしまった。
…お義姉様…。
どうしてキスなどなさったの?
世間知らずな綾佳でも唇のキスが特別なものであることくらい知っている。
唇のキスは男女の愛を確かめ合うもの…。
様々な欧米の恋愛小説でも、男女の愛の交歓の方法として必ず描かれていたものだ。
…でも、私とお義姉様は女同士…。
それなのになぜ?
…さびしい思いの私を慰めるため?
綾佳は小さく笑う。
…きっとそうね。あの時お義姉様は、寂しくなくなるおまじないと仰ったもの…。
綾佳は文机にうつ伏せる。
藤色のリボンで結った長い黒髪が海原のように広がる。
火照った頬にひんやり冷たい文机が心地よい。
…寂しくはないけれど…お義姉様が恋しい…。
お義姉様が恋しくて堪らない…。
…こんな気持ち、生まれて初めて…。
綾佳は静かにため息をつき、そっと長い睫毛を伏せ眼を閉じた。
紅く色づく唇をなぞりながら心の中で呟く。
…お義姉様…。大好きなお義姉様…。
早く…早くお帰りになって…。
そして…綾佳のこの苦しい気持ちに名前をつけて…。
外では、密やかな初春の雨が降り始めていた。
パリ?ロンドン?それともベルリン?
綾佳は自室の文机に載せた地球儀で欧州の地図を辿る。
日本からの距離を華奢な白い手で測る。
…こんなに離れているのね…。
綾佳は溜息を吐く。
…お義姉様がお兄様と新婚旅行に発たれて、もう一週間になるわ…。
それなのに…
綾佳は自分の唇をそっと指でなぞる。
…まだ唇が熱い…。
お義姉様にくちづけをされた唇が…。
一瞬の出来事であった。
凪子の美しい顔が近づいたかと思うと、しっとりした柔らかい唇が綾佳の唇を包んだのだ。
それが凪子の唇だと認識した時にはもう唇は離され、凪子は妖艶な笑みを残して去ってしまった。
…お義姉様…。
どうしてキスなどなさったの?
世間知らずな綾佳でも唇のキスが特別なものであることくらい知っている。
唇のキスは男女の愛を確かめ合うもの…。
様々な欧米の恋愛小説でも、男女の愛の交歓の方法として必ず描かれていたものだ。
…でも、私とお義姉様は女同士…。
それなのになぜ?
…さびしい思いの私を慰めるため?
綾佳は小さく笑う。
…きっとそうね。あの時お義姉様は、寂しくなくなるおまじないと仰ったもの…。
綾佳は文机にうつ伏せる。
藤色のリボンで結った長い黒髪が海原のように広がる。
火照った頬にひんやり冷たい文机が心地よい。
…寂しくはないけれど…お義姉様が恋しい…。
お義姉様が恋しくて堪らない…。
…こんな気持ち、生まれて初めて…。
綾佳は静かにため息をつき、そっと長い睫毛を伏せ眼を閉じた。
紅く色づく唇をなぞりながら心の中で呟く。
…お義姉様…。大好きなお義姉様…。
早く…早くお帰りになって…。
そして…綾佳のこの苦しい気持ちに名前をつけて…。
外では、密やかな初春の雨が降り始めていた。