君が桜のころ
第1章 雛祭り
綾佳の気持ちもやや落ち着いてきた頃、部屋の扉を密やかに叩く音が聞こえた。
「…綾佳様、皐月です。恐れ入ります。春翔様の件で、少々お話させていただいてよろしいでしょうか?」
綾佳は春翔と聞いて一瞬身構えたが、少し考えた末に
「…どうぞ」
と小さな声で答えた。
「失礼いたします」
皐月は許しを得て、中に入る。
そして綾佳を見て、はっとする。
艶やかなリボンは萎れ、美しい瞳は…泣いた後なのであろう、真っ赤に充血し痛々しいほどであった。
しかし、熱を持ったような紅い唇、紅潮した頬は薔薇色で、皐月ですらうっとりと見惚れてしまうほどの穢れない美しさであった。
皐月は優しく微笑みながら、綾佳のリボンを結び直してやりながら穏やかに話しかけた。
「…春翔様のことですが…さぞ驚かれたことでしょうね。綾佳様は殿方にはお会いにならないと再三お伝えしたのですが…」
「…ええ…あの…でも…私がいけないのです。もう子供でもないのに…人見知りがひどくて…知らない方の前に出ると、身体が強張って何もできなくなってしまうのです…ご挨拶もきちんとできなくて…自分が情けない…」
と、ひどくしょげているのがいじらしい。
皐月は少し乱れた綾佳の着付けも直してやる。
「…いいえ。綾佳様は少しもお悪くありません。綾佳様のお気持ちを考えずに、お部屋に入ってこられた春翔がいけないのですわ。…本当に困ったお坊ちゃまですね」
「…皐月…」
皐月は優しく笑いかける。
「…綾佳様には傍若無人に感じられるかもしれませんが、春翔様は実はああ見えて心のお優しい方なのです。今日も、先日綾佳様を驚かせてしまったことを謝りたいと思われて、こちらにいらしたそうです。…これを綾佳様にと、言付かりました」
皐月が差し出したのは立派なさくらんぼのタルトだった。
「…私に…?」
綾佳は自分にケーキのお土産を持ってきてくれる人がいることが信じられず、暫しぼんやりとした。
友人がいない綾佳には初めての経験であったからだ。
「…春翔様にお会いになってくださいとは申しません。でもせめて…このケーキだけは受け取っていただけませんか?」
遠慮勝ちに伺う皐月に、綾佳はおずおずと頷いた。
皐月は嬉しそうに笑い、
「ありがとうございます。それでは今、お茶を淹れてまいりますね。少しでも召し上がってくださいませ」
と快活に伝え、部屋を退出した。
「…綾佳様、皐月です。恐れ入ります。春翔様の件で、少々お話させていただいてよろしいでしょうか?」
綾佳は春翔と聞いて一瞬身構えたが、少し考えた末に
「…どうぞ」
と小さな声で答えた。
「失礼いたします」
皐月は許しを得て、中に入る。
そして綾佳を見て、はっとする。
艶やかなリボンは萎れ、美しい瞳は…泣いた後なのであろう、真っ赤に充血し痛々しいほどであった。
しかし、熱を持ったような紅い唇、紅潮した頬は薔薇色で、皐月ですらうっとりと見惚れてしまうほどの穢れない美しさであった。
皐月は優しく微笑みながら、綾佳のリボンを結び直してやりながら穏やかに話しかけた。
「…春翔様のことですが…さぞ驚かれたことでしょうね。綾佳様は殿方にはお会いにならないと再三お伝えしたのですが…」
「…ええ…あの…でも…私がいけないのです。もう子供でもないのに…人見知りがひどくて…知らない方の前に出ると、身体が強張って何もできなくなってしまうのです…ご挨拶もきちんとできなくて…自分が情けない…」
と、ひどくしょげているのがいじらしい。
皐月は少し乱れた綾佳の着付けも直してやる。
「…いいえ。綾佳様は少しもお悪くありません。綾佳様のお気持ちを考えずに、お部屋に入ってこられた春翔がいけないのですわ。…本当に困ったお坊ちゃまですね」
「…皐月…」
皐月は優しく笑いかける。
「…綾佳様には傍若無人に感じられるかもしれませんが、春翔様は実はああ見えて心のお優しい方なのです。今日も、先日綾佳様を驚かせてしまったことを謝りたいと思われて、こちらにいらしたそうです。…これを綾佳様にと、言付かりました」
皐月が差し出したのは立派なさくらんぼのタルトだった。
「…私に…?」
綾佳は自分にケーキのお土産を持ってきてくれる人がいることが信じられず、暫しぼんやりとした。
友人がいない綾佳には初めての経験であったからだ。
「…春翔様にお会いになってくださいとは申しません。でもせめて…このケーキだけは受け取っていただけませんか?」
遠慮勝ちに伺う皐月に、綾佳はおずおずと頷いた。
皐月は嬉しそうに笑い、
「ありがとうございます。それでは今、お茶を淹れてまいりますね。少しでも召し上がってくださいませ」
と快活に伝え、部屋を退出した。