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君が桜のころ

第1章 雛祭り

「…で?…綾佳ちゃんは僕のケーキを食べてくれたの?」
春翔は運ばれて来た珈琲にも手をつけず、前のめりで皐月に迫る。
その迫力に皐月は若干、たじろいだ。
「…は、はい。召し上がられました」

綾佳に逃げ去られた日の翌日、春翔は待ちきれないかのように再び九条家を訪れていた。
家政婦の麻乃が、頑として春翔を綾佳に会わすまいと厳しい目を光らす中、皐月は春翔を小客間に通したのだ。

春翔は真剣な表情を浮かべ、華やかな美貌を更に皐月に近づける。
その顔は見慣れた皐月ですらどきりとする美男子ぶりだった。
「で⁈…なんて⁉︎」
「…一言、美味しいと小さく呟かれて微笑まれました…」
「よしッ‼︎よしよしよ〜〜しッ‼︎」
春翔はいきなり立ち上がり、拳を突き上げた。
そして、両手を組み祈るようなポーズをした。
「…綾佳ちゃん、美味しいって言ってくれたのかあ〜、笑ってくれたのかあ〜!神様、ありがとう〜‼︎」
皐月は苦笑する。
「…不思議な方ですね、綾佳様は。まだお口も聞いた事がない春翔様をこんなにも虜にされて…」
「…本当だよなあ…。あんな女の子は初めてだ…」
春翔は夢見る眼差しをする。
「…凪子様もそうですわ。…他人の方に殆ど関心を持たれない凪子様があのように綾佳様のお世話をされたり、可愛がられたりするのを私は初めて拝見しました」
「凪子も?」
「ええ、…お二階の綾佳様のお部屋の改築から家具選び、お洋服のデザインやオーダーまで…本当に熱心にお世話されています。まるで実のお姉様かお母様のように…。
…綾佳様も毎日、凪子様のお帰りを今日か明日かと待ち侘びられて…」
春翔は口を尖らせる。
「凪子はいいなあ。綾佳ちゃんに懐かれていて…」
そして、ソファに戻り珈琲を一口飲み、溜息をつく。
「…僕も綾佳ちゃんに好かれたいなあ。…どうやったら会って貰えるのかなあ…」

皐月は春翔がいじらしくなり、そっと背後から囁いた。
「…春翔様、一つだけ、良い方法を思いついたのですが…」
がばりと春翔が振り返る。
「何何何⁉︎皐月、教えてよ‼︎」
皐月はにっこりと微笑み、春翔にそっと耳打ちした。

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