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君が桜のころ

第1章 雛祭り

おずおずと、庭の築島の方を見る。
…と、少し離れた月見台の中に凪子の弟…春翔が佇んでいて、こちらに向って小さく呼びかけていた。
「綾佳ちゃん…綾佳ちゃん…!」
綾佳は驚いて息を飲む。
綾佳に気づいた春翔が嬉しそうに両手をぶんぶんと振り回す。
「綾佳ちゃん!僕だよ!春翔だよ!」
驚きの余り、綾佳はあっと言う間に障子の影に隠れてしまった。

慌てて春翔が再び呼びかける。
「綾佳ちゃん!待って、逃げないで!話しを聞いてよ!僕はここにいるから…何もしないから!」
綾佳はドキドキ震える胸を押さえながら、暫く障子の影から出られずにいたが、勇気を出してそっと顔を覗かせてみた。

月見台から春翔が食い入るようにこちらを見ている。
しかし、そこから動こうとはしていない。
恐る恐る顔を覗かせた綾佳を見て、春翔はほっとしたように笑った。
凪子に良く似た美しい顔にどきりとする。
…お義姉様に…似ていらっしゃる…春翔様…。

春翔は綾佳を恐がらせないように、ゆっくりと優しく話しかけた。
「…びっくりさせてごめん!…でも…正面からだと取り次いで貰えないし…今日は綾佳ちゃんの部屋に家具が運び込まれて、ばたばたしていて離れも人が少なくなりそうだからって、皐月が…。あと、離れは裏から廻ると誰にも会わずに庭に入れるって…あ…な、なんか…泥棒みたいだよね、ごめん…」
後半につれしどろもどろになる春翔からは最初に会った時のやや軽薄な印象はなく、どこか不器用で…一生懸命な人柄が偲ばれた。

綾佳はそっと障子から離れ、縁側に向けて足を一歩だけ踏み出した。
遠目にもその人形のように可憐に整った美貌は見て取れて、春翔は思わず眼を見張る。
「…あのう…な、なにか…ご用ですか…」
ようやく聞き取れる微かな声を綾佳が発した。
綾佳が自分と会話してくれたのが嬉しくて、春翔は叫んだ。
「…うん!あ、あのね。アルバム…!凪子のアルバムを持って来たんだ!」
「…アルバム?」
「うん!凪子が学生時代から最近までのアルバム!…良かったら見ないかな…て…」
綾佳はまだ障子に手を掛けながらおずおずと春翔を見る。
「…お義姉様の…アルバム…?」
「うん!」
…お義姉様のアルバム…!
見たい!
そういえばお義姉様のお写真は1枚も手元になかった…。
綾佳は凪子のアルバムを見たい欲求に抗えず、小さく返事をした。
「…み、見たいです…」

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