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君が桜のころ

第1章 雛祭り

「…み、見たいです…」
小さな…けれどはっきりした返事が綾佳の薄桃色の唇から漏れた。
春翔は嬉しくて月見台から前のめりになり、アルバムを振り回す。
「じゃあさ、これ、そこの縁側に置くから…!あ、あの…ちょっとそっちに行ってもいい?…置いたらまたここに戻るから…」
綾佳は小さく頷いた。

春翔は喜び勇んで月見台を出て、飛び石を軽妙に渡り、縁側に辿り着いた。
春翔が近くと、綾佳は慌ててまた障子の影に隠れてしまったが、春翔は少しも気にならなかった。
綾佳が自分と会話してくれて、アルバムを見たがってくれただけで浮き浮きするほど嬉しかったのだ。
春翔は綾佳の真っ白な絹の足袋を目の端に感じながら、縁側にそっとアルバムを置いた。

「…ゆっくり見て。…僕、あの月見台にいていいかな?」
障子の向こうの綾佳に尋ねる。
「…はい…。あの、ありがとうございます…」
鈴を鳴らすような可愛らしい声だ。
「ど、どういたしまして」
お礼を言われると思わなかった春翔は、照れたようにそう呟き、再び月見台に駆け戻った。
そして、月見台の柱にしがみつくようにして綾佳の様子を見つめる。

綾佳はおずおずと縁側に置かれたアルバムに近づき、その赤い革張りのアルバムを取り上げた。
そしてそのまま縁側に座り、まるで宝物を触るようにそっとアルバムに触れ、高揚したような表情で表紙を開いた。

アルバムを開いた途端、綾佳の表情が明らかに変わった。
人形のように美しく繊細な顔は一瞬で柔らかくほころび、恋しい人に逢えた時のような…きらきらした表情を見せたのだ。
…綾佳ちゃん、本当に凪子が好きなんだな…。
納得すると同時に、何とも切ないような複雑な甘酸っぱい気持ちになる。

綾佳はアルバムを丁寧に丁寧に見ていた。
まるで凪子と再会したかのように、嬉しそうに微笑みながら…。

…と、ふと綾佳が月見台の春翔を見上げた。
そしてゆっくりと立ち上がると、何かを決心したかのようにその形の良い唇をきゅっと結び…息を一つ大きく吐いた。

「…あの…春翔様…」
…わ、綾佳ちゃんに名前を呼ばれたのは初めてだ!
春翔はドキドキした。
「なに?何かあったかな?」
「…あの…よろしければ…ご一緒に…アルバムをご覧になりませんか…?」
綾佳の口から信じられないような言葉が飛び出したのだ。
「…へ?…」
余りに驚きすぎて言葉を失う。


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