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君が桜のころ

第1章 雛祭り

「…そうか…。あ、でも僕も学習院高等科は一年で放校になったよ。飲酒と煙草と…あと喧嘩がバレちゃったからなんだけどね」
綾佳は眼を丸くする。
驚いた顔も可愛いな…。
春翔はうっとりする。
「…春翔様、喧嘩をなさるのですか…」
恐々した顔に春翔は慌てて手を振る。
「い、いや!喧嘩なんて滅多にしないんだけどさ!…級友でちょっと脚が悪い子がいて、それを揶揄う嫌な奴がいてさ。調子に乗ってたからボコボコにしてやっただけさ…て…綾佳ちゃん、引いてる…?」
綾佳は首を振る。
そして嬉しそうに小さく笑った。
「…お優しいのですね、春翔様は…」
春翔は赤くなって頭を掻く。
「…そんなんじゃないよ。嫌いな奴だったからヤキを入れてやっただけ」
「…ヤキ…?」
「あ、あ、綾佳ちゃんはそんな言葉覚えなくていいから!」
綾佳は好奇心に溢れた表情で尋ねる。
「春翔様はそれからどうなさったのですか?」
「父さんが、お前には日本の学校は窮屈じゃろう…て、イギリスのパブリックスクールに入れられたんだけど…イートン校なんて学習院なんか比じゃないくらい上下関係が厳しくてさ。毎晩横暴な上級生にこき使われるわ…いきなり寝込みを襲われるわ…散々だったよ」
「…まあ…!」
綾佳は大きな眼をさらに見開く。
「…結局、パブとクリケットと乗馬と狩猟を覚えて帰ってきただけ。
彌一郎兄さんにはお前には猫に小判だったって嘲笑われたから頭にきて蹴りを入れたら、ぶん殴られてさ。そこから取っ組み合いの大喧嘩。執事や下僕が総出で止めに来て大騒ぎだったよ。凪子だけは大笑いしていたけど」
肩を竦める。
「…やっぱり喧嘩が…」
少しずつ後ずさりする綾佳を手で制する。
「い、いや!それは兄弟喧嘩だからさ!普段は僕は穏やかな人間なんだよ。これは本当!」
綾佳は少し寂しげに笑う。
「…春翔様はご兄弟と仲がよろしいのですね。…羨ましいですわ。…私は…お兄様とは幼い頃から殆どお話したことがありません。…私がこんな性格で引き篭もっているからいけないのですけれど…」
春翔は胸がちくりと痛んだ。
「…慎一郎義兄さんは大学では優しいんだけどな…。綾佳ちゃんとは年が離れているからじゃない?僕だって彌一郎兄さんとは年が離れているから、話なんか殆どしないよ。してもすぐ喧嘩に…口喧嘩ね!…になるから」
綾佳は自分を慰めてくれようとする春翔の顔を見上げた。

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