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君が桜のころ

第1章 雛祭り

「…ありがとうございます。春翔様」
綾佳の無垢な笑顔を間近で見て、春翔の胸は早鐘のように高鳴った。
綾佳からは春翔には分からない希少で臈丈けたお香の香りがした。
…まるで絵巻物に出てくるお姫様みたいだ…。
「…い、いや…お礼なんか言わなくていいよ。…写真、見たら…?」

綾佳は素直に頷き、再びアルバムの写真に眼を落とす。
…写真は、凪子が留学していたパリ時代のものに移っていた。
「…お義姉様、パリに留学されていたのね…」
ソルボンヌ大学の友人達と華やかなパーティーを楽しむ凪子、パリ社交界でダンスをする凪子、オペラ・ガルニエ前で最新モードに身を包んだ凪子…。
どれも輝くばかりの光に満ち溢れた表情の凪子だった。
「…お義姉様…お美しいわ…」
綾佳の白く細い指先が愛撫するように凪子の写真を辿る。
熱心に見入る余り前屈みになり、白い襟足が覗いた。
…ほっそりとして透き通るような首筋、華奢な肩、紅色のリボンで結ばれた艶やかな黒髪…。
どれもこれも作り物めいていて、春翔は存在を確かめるように無意識に綾佳に近寄った。
その瞬間、はっと綾佳が春翔の存在に気づき、思わず後退りした。
春翔は慌てて綾佳から離れた。
「ごめん!綾佳ちゃん!…あんまり綾佳ちゃんが綺麗で可愛いから…つい見入っちゃった…ごめんね」
申し訳なさそうに謝る春翔が綾佳には却っていたたまれなかった。
綾佳は必死で首を振る。
「…違うんです…びっくりしただけなんです…わ、私には同い年くらいの方と近くでお話したりする経験がなかったので…どうすればいいのか…わからなくて…」
…自分が情けない…。
大好きなお義姉様の弟様なのに…
ついついびくびくしてしまって…
春翔様はお気を悪くされないかしら…
綾佳は涙ぐみそうになる。

春翔はそんな綾佳をじっと見て優しく話しかける。
「…それじゃあ、僕と友達になろうよ。綾佳ちゃん」
「…ともだち?」
綾佳にとって初めての言葉だった。
「そう、友達。…僕を綾佳ちゃんの初めての友達にしてもらえませんか?」
「…友達って…どんなことをするのですか?」
おずおずと尋ねる。
「…他愛もないことをお喋りしたり、笑ったり、遊んだり…時には悩み事を相談したり…そうしてお互いに助けあったりするのさ。…どう?僕を友達にしてもらえる?」
春翔が真剣な目をして綾佳を見つめる。
綾佳はドキドキしながら頷いた。


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