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君が桜のころ

第1章 雛祭り

その夜、綾佳は昼間の興奮からなかなか寝付けなかった。
凪子のアルバムを見せてもらい、凪子の弟の春翔と友達になった…。
綾佳の今までの生活からは考えられないような大きな出来事だったからだ。

…春翔様、最初は強引で怖い方かと思っていたけれど…ちっともそんなことはなかったわ。
優しくて楽しい方…。
他人が苦手な筈の綾佳だったが、春翔と話している内に、次第次第に緊張の心が解れてゆくのが分かった。
…まだお近くに来られるとドキドキするけれど…。

それから…
お義姉様のアルバム…!
捲っても捲っても凪子が現れるアルバム…。
凪子と会えない今、綾佳には得難い宝物だった。

なかなか訪れない眠りを諦め、綾佳は白い綸子の夜着の姿のまま起き上がり、文机の前に座った。
何度繰り返し見たか分からないアルバムを再び開く。

…お義姉様…。
本当にどれもお綺麗…。
綾佳は写真の凪子に微笑みかける。
…早くお会いしたい、お義姉様…!

…と、最後のページを捲る時、そのページに僅かな違和感を感じた。
ページの厚紙の間に何かが挟まっている…。
綾佳は恐る恐る、厚紙の間に手を差し入れた。
…まだお写真があるわ…。

厚紙の間には、1枚の写真が挟まれていた。
…貼り忘れ…かしら?

その写真を見た綾佳は、はっと息を呑んだ。
…お義姉様と…どなた…?

パリのエッフェル塔らしき背景で撮られたその写真には、凪子と…凪子を背後から抱き締める1人の西洋人の男性の姿が映し出されていたからだ。
…凪子は嬉しそうな恥ずかしそうな…愛らしい表情をしていた。
その凪子を愛おしそうに抱き締める男性はモノクロームの写真だが、その華やかな美貌がはっきりと想像できるような輝きに満ちた容姿だった。

…幸せそうな美しい恋人同士の写真…。
綾佳は胸が締め付けられるように苦しくなった。
…お義姉様の…恋人…だった方…かしら…。
今の凪子と全く違う表情を見せるその写真を綾佳はこれ以上正視出来ず、急いで文机の引き出しの日記の間に挟み、再び引き出しの奥深くに仕舞った。

…お義姉様…。
心臓はまだとくとくと早い音を立てている。
綾佳は胸に手を当てる。
…あのお方は…一体…。

その夜、綾佳は東の空が白むまでなかなか眠りに就くことができなかった。

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