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君が桜のころ

第1章 雛祭り

離れの客間を訪れると、綾佳が見惚れてしまうような笑顔で迎えてくれた。
今日は縹色に桃の花が描かれた友禅の振り袖を着ている。
髪は珍しく西洋風に華やかにカールされ、根元に真珠の髪留めを留めていた。
着物に西洋風の髪型が綾佳の美貌に良くマッチしていて明るく華やいだ表情に見える。
春翔が褒めると、うっすらと頬を染めた。
「…皐月がやってくれたのです」
最近は皐月が綾佳の身の回りの世話をしているらしい。
この屋敷の女中は年配者が多く、若い女中がいても、綾佳の髪を西洋風にアレンジしたり、結ったりする技術を持ったものがいなかったのだ。
それを見た凪子は自分の優秀な侍女の皐月を綾佳に差し向けたのだ。
「綾佳ちゃん…可愛いよ、すごく!」
…本当に…お人形みたいに可愛いな、綾佳ちゃん。
春翔の心は綾佳に出逢ってからときめきっぱなしだ。
「ねえ、綾佳ちゃん。皐月が綾佳ちゃんがまだ一回も洋服に袖を通さないって残念がってたけど…本当?」
母屋の二階には既に綾佳の部屋が完璧に出来上がり、凪子がデザインしオーダーしたドレスがクローゼット一杯に収められていた。
綾佳は恥じらうように俯いて答えた。
「…ええ。私、お洋服はお義姉様がお帰りになった日に着ると決めているのです。
…一番はお義姉様にお見せしたくて…」
潤んだ瞳で頬を紅潮させて答える綾佳はさながら恋する乙女だった。
春翔は少し凪子に嫉妬する。
「…そっか…。でも、楽しみだな。綾佳ちゃんの洋装…」

綾佳は嬉しそうに1枚の絵葉書を見せる。
「今朝、お義姉様から届いたのです。…感激です!」
春翔はまじまじと絵葉書を見つめる。
「…へえ…。エッフェル塔かあ…。凪子はパリは慣れているから慎一郎義兄さんを色んなところに案内できるだろうな。良かったよね」
のんびり答える春翔に、綾佳は少し躊躇しながらも、恐る恐る尋ねた。
「…あの…春翔様…」
「ん?どうしたの?綾佳ちゃん」
「…あの…不躾な質問なのですが…お義姉様は…パリではお付き合いされていた方がいらしたのでしょうか…?」
…あの夜、アルバムの間から見つけた凪子の写真…。
あの西洋人の男性は…やはり恋人なのだろうか…。
エッフェル塔の前で仲睦まじく二人で写真に納まっていた…。
…同じパリに今、お義姉様はお兄様と新婚旅行にいらしている…。
それを考えると、綾佳の胸は複雑に痛んだ。

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