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君が桜のころ

第1章 雛祭り

本来、冷静沈着で特定の女性に夢中になることもなかった慎一郎だ。
それがこの様に人前を憚らず熱愛ぶりを表すこと自体、綾佳には驚きであるのに、その相手が凪子ということに何とも言えずに胸が騒めく。
…お兄様とお義姉様はご夫婦でいらっしゃるのだから当たり前だわ…。
仲睦まじいのは素晴らしいことなのに…。
凪子のミルクのように白くほっそりとした長い腕を取り、熱い眼差しで手の甲にくちづけをする慎一郎からさりげなく視線を外す。
それをうら若き乙女の恥じらいと取った春翔はわざと戯けて綾佳に囁いた。
「当てられちゃうよね、綾佳ちゃん。慎一郎義兄さんのこの姿を大学の友人に見せてやりたいなあ」
慎一郎は珍しく悪戯っぽく笑う。
「学生には内緒だぞ。威厳が保てなくなる」
「まあ、慎一郎さんたら…」
凪子が妖艶に笑う。そして、その綺麗な指で兄の引き締まった頬に触れた。

綾佳は兄が羨ましい。
凪子と夫婦である兄が心底羨ましい。
…だって、お兄様はお義姉様と…愛を交わし合うことが出来るのだもの…。
…と思いかけ、自分の浅ましい考えに怯え、無意識に首を振る。

…なんて…なんて嫌らしいことを考えるの⁉︎嫌らしい綾佳…!そんなことを考えてはだめ!
俯いてしまった綾佳を春翔が心配そうに覗き込む。
「どうしたの?綾佳ちゃん、大丈夫?」
綾佳は慌てて首を振る。
「…大丈夫…です」
凪子は優しく綾佳の手を握る。
「すっかり春翔さんと仲良しになったのね。皐月に聞いたわ。貴方、毎日のように綾佳さんに会いに来ていたそうね?」
春翔は無邪気に笑う。
「綾佳ちゃんは僕と友達になってくれたんだ。ね!綾佳ちゃん」
綾佳は小さく頷く。
凪子の手が優しく綾佳の髪を撫でる。
「…悪いことを教えてはだめよ?春翔さん。綾佳さんは純粋培養の天使のような方なのだから」
凪子が綾佳を評してくれることならなんでも嬉しい。綾佳は凪子の手を強く握り返した。
春翔は羨ましそうにその様を見ながら口を尖らす。
「しないよ、そんなこと。綾佳ちゃんに嫌われたくないもん」
慎一郎が優雅な所作でお茶を飲む。
「…多少の刺激はいいだろう。綾佳は亡くなったお母様に異常なほど大事にされてきて、世間知らず過ぎたのだ」

春翔が不意に何かが閃いたかのように目を輝かせ、慎一郎に声をかける。
「ねえ、義兄さん!僕、良いこと思いついたんだけどさ!」




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