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君が桜のころ

第1章 雛祭り

春翔は手を広げてアピールする。
「この屋敷で、慎一郎義兄さんと凪子のお披露目会をしない?」
慎一郎は怪訝そうな顔をする。
「お披露目会?」
「そう!帝国ホテルでは親族やお偉方のお歴々を招いて大大的に披露宴をやったけど、慎一郎義兄さんの大学関係者とかご友人達にはまだお披露目してないでしょう?…だから今回は本当に近しい仲間や、義兄さんの大学の同僚の教授とかゼミ学生とか…アットホームなお披露目をしない?…形式もお茶会にしてさ。…それなら綾佳ちゃんも出られるんじゃない?」
綾佳は目を見張り、慌てて首を振る。
「む、無理です!…わ、私…知らない方々とお話なんて…」
春翔が綾佳の華奢な肩に手を置く。
「大丈夫だよ。僕も凪子も側にいるし、慣れたこの屋敷なんだから。僕が綾佳ちゃんを守る。嫌な目になんか合わせない。…ね?」
綾佳は困ったようにもじもじと俯く。
そんな綾佳の黒目勝ちな潤んだ眼を覗きこむようにする。
「綾佳ちゃん、少しずつ慣れていこうよ。僕は綾佳ちゃんに社交界デビューして欲しいんだ。だって綾佳ちゃんはこんなに綺麗で素敵な女の子なんだから…」
「…春翔さん…」
凪子が慎一郎を振り返る。
「なんて可愛らしい二人なのかしら。春翔さんは今までやんちゃで手を焼いたのだけれど、綾佳さんに出逢ってすっかり変わったみたいですわ」
慎一郎は凪子の肩を抱き、桜貝のように透き通る美しい色をした耳朶を触る。
「…春翔くんが綾佳を快活にしてくれるなら大歓迎だ」
ちらちらと綾佳が二人の若夫婦を盗み見る。
凪子はくすぐったそうに首をすくめ、慎一郎に流し目を送る。
「ねえ、慎一郎さん。春翔さんが言うように、この家で私達のお披露目のお茶会を開きましょう。綾佳さんの社交界デビューへの良い練習にもなるし…」
凪子の美しい白い指が慎一郎のフランス仕立てのスラックスの太腿に置かれる。
「私も慎一郎さんの大学のご友人にお会いしたいわ。…慎一郎さんのことをもっと知りたいの」
凪子の黒い宝石の如く煌めく瞳を慎一郎は堪らないように見つめ返す。
「私は凪子さんを他の人には見せたくないよ。私の美しい妻を誰にも見せたくない…」
「まあ、嬉しい。慎一郎さん」
凪子が情感たっぷりに慎一郎の頬にキスをした。
…これでお披露目会は決まりだ。
春翔は密かに笑い、綾佳を見た。
綾佳は相変わらず切なげに凪子を見つめているのだった。



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