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君が桜のころ

第1章 雛祭り

晩餐も終わり、まだまだ帰りたがらない春翔を凪子は無理やり車に押し込めた。
春翔は泣く真似をしながら窓から顔を出し、手を振る。
「綾佳ちゃん!また来るからね!」
綾佳は恥ずかしそうに笑って手を振り返した。
…春翔様といると楽しい。
お友達といるってこういう気持ちなのね。

「さあ、煩いのは帰ったから…綾佳さん、まいりましょう」
凪子は綾佳の手を握り、二階の完成された部屋にいざなった。
凪子といると胸がドキドキして苦しくなる。春翔といるのでは全く違う感情だ。
凪子に手を握られ、凪子のジャスミンの香りを嗅ぐだけで、身体中の細胞がふわふわと騒ぎ出すのだ。
「皐月に聞いたわ。綾佳さん、私が帰国するまでこのお部屋に入らないと仰ったそうね?」
凪子が綾佳の頬を軽く抓る。
綾佳は幸せそうに笑う。
「…はい。だって…お義姉様が私の為に作ってくださったお部屋ですから…お義姉様とご一緒に入りたかったの」
「本当に可愛い方ね。春翔さんが貴女に夢中になる気持ちがわかるわ」
そう言って凪子は綾佳を部屋に招き入れた。

フランスから取り寄せた豪奢だが優美な品のあるシャンデリアが輝く部屋は、正に欧州の貴族の令嬢が住まうような古き良きヨーロッパのセンスや美しさが溢れる素晴らしいものであった。
「まあ…!なんて素晴らしいお部屋…!」
綾佳は小さく叫んだ。
家具は温かみのある白で統一されていた。
レースの天蓋付きの寝台は大きく、美しい彫刻が施されており、まるで花嫁の寝台のようであった。
「…ここが私のお部屋…」
驚きで茫然とする綾佳を凪子は優しく抱き締める。
「ええ、そうよ。綾佳さんのお部屋よ。美しい公爵令嬢に相応しい優雅でロマンチックなお部屋でしょう?」
綾佳は潤んだ瞳で凪子を見上げる。
「私はね、美しい人が大好きなの。綾佳さんや、慎一郎さんや…。なぜなら美貌はお金では買えないから。そして美しい人が美しいものに囲まれているのを眺めるのが堪らなく好きなの。…綾佳さん、貴女は私の理想のお姫様だわ…」
凪子の言葉は優しい呪術のようだ。
美しい声が鼓膜を擽り、その美しい大きな瞳で見つめられると魔術をかけられたように心が蕩けてしてしまうのだ。
綾佳は魔法にかけられたかのように、凪子の唇に唇を寄せた。
凪子が謎めいた眼差しで微笑みながら、綾佳を誘惑するように囁いた。
「…キスして欲しいの…?綾佳さん…」

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