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いきなり涙を零しだした綾佳に慎一郎は眉間に皺を寄せ、叱りつけた。
「綾佳、めでたい婚礼の日に涙を見せるとは何事だ。凪子さんに失礼ではないか」
はっと我に返った綾佳は必死で詫びた。
「…ご、ごめんなさい…お兄様…お義姉様…私…私…嬉しくて…お義姉様のお言葉が嬉しくて…」
綾佳はナプキンに顔を埋め、声を立てないように泣き続けた。

「…綾佳、泣き止みなさい」
苛立ったような慎一郎の言葉を制したのは凪子だった。
「お叱りにならないで、慎一郎さん」
そして静かに立ち上がり、綾佳の側まで来ると、不意に綾佳の髪を優しく撫でながら、そっとその華奢な身体を抱きしめた。
綾佳の身体がびくりと強張る。
そんな綾佳を安心させるように、優しく背中を撫でさする。
「泣かないで、綾佳さん。私も嬉しいわ。貴女にそんなに喜んでいただいて…。これからは私のことを本当のお姉様だと思って何でも話して甘えてちょうだい」
自分の涙で歪んで見える凪子の笑顔に、綾佳はまた泣きそうになる。
凪子が手にしたハンカチで優しく涙を拭いてくれた。
「…お義姉様…」
凪子は何も言わずに綾佳を優しく抱きしめ続ける。
綾佳はおずおずと凪子の白いドレスの胸元に顔を埋めた。
凪子の胸は柔らかく豊かで温かく、そしてジャスミンの花の香りがした。
その抱擁は、もはや遠い記憶となりつつある亡くなった最愛の母を彷彿させ、綾佳は思わず口走った。
「…お母様…」
凪子はそれに気づき、一層綾佳を抱きしめ、幼子にするように背中をゆっくりと軽く叩いて慰めた。
それにつれて、綾佳の心の奥底の冷たく凍えた何かが少しずつ溶け出していったのだった。