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君が桜のころ

第1章 雛祭り

凪子は漸く綾佳が落ち着くと、乱れた髪を優しく直してやりハンカチを手渡すと、自分の席に戻った。
一連の出来事を慎一郎は勢いに飲まれたように見守っていたが、さすがにもう綾佳を咎めることはせず、綾佳が落ち着いてナプキンを膝に広げると家政婦の麻乃に前菜の皿を運ぶよう指示を出した。

凪子を交えた初めての晩餐は、和やかで楽しいものであった。
それは凪子の話術が巧みであることと、話題が豊富であることからであった。
凪子は今日の式の様子を綾佳に分かりやすいように説明したり、さりげなく話題を振ったりして、綾佳が蚊帳の外にならぬよう気を配ってくれた。
綾佳は相変わらず話しかけられても 相槌くらいしか打てなかったが、楽しい話しの時は、小さく声を出して笑った。
慎一郎は驚きを隠せなかった。
母が亡くなってから今日まで、綾佳の笑顔などついぞ見たことはなかったからだ。
綾佳は本当に嬉しそうに笑い、うっとりしたように凪子を見つめていた。
その顔は兄から見ても眼を見張るほど綺麗で、綾佳は実は美しい少女なのだと改めて思い知らされた。
なにより、一番難儀であるかと思えた二人の関係性…凪子が綾佳を大層気に入り、綾佳も凪子に慕わしい感情を抱いたらしいことに心より安堵した。

今まで綾佳と二人、暗く沈み込みがちだった食卓を凪子は一晩にして明るく一変させた。
白いドレス姿の凪子はまるでお伽話の若く美しいお妃のようにそこに君臨し、光を放っていた。
凪子の美しい容姿だけでなく、その計り知れない魅力に、慎一郎は改めて惹かれていくのだった。


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