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君が桜のころ

第2章 花影のひと

朝食の席、上座に座る慎一郎は怜悧なまでに整った美貌で珈琲を口に運んでいる。
昨夜のあの甘く淫らな言葉を囁いていた人が本当に同じ兄なのか…綾佳はもしかすると夢を見ていたのではないかと、慎一郎をじっと見つめた。
視線を感じたらしい慎一郎が、怪訝そうに形の良い眉を上げ、尋ねた。
「何だ?綾佳」
綾佳は慌てて、首を振り目を逸らせた。
慎一郎は肩を竦めてすぐに綾佳への関心を失くす。

凪子は項垂れる綾佳を優しく見遣り、慎一郎に声をかけた。
「慎一郎さん、昨日のお話のお披露目の件ですけれど、正式に進めてもよろしいですか?」
慎一郎は新妻を見る。
白い高価なレースをあしらったブラウスにムーヴ色のロングスカート…。
新妻らしい控えめな装いの中に隠しきれない色香が溢れている。
長い睫毛に縁取られた濃い琥珀色の瞳は潤んでいて、唇は咲いたばかりの薔薇のように瑞々しい。
…慎一郎は昨夜も遅くまで凪子の身体を貪欲に求め続けずにはいられなかった自分と、そんな自分を最後まで拒むことなく…寧ろ慎一郎を優しくひれ伏させ、全てを奪い尽くし、陶酔の中に果てさせた凪子を思い出し、白く端正な美貌をやや赤らめた。
そして照れ隠しのように咳払いし、淡々と告げる。
「…ああ、構わないよ」
凪子はぱっと華やかな笑顔を浮かべ、喜んだ。
「ありがとうございます。では、今夜にでもご招待申し上げる方のお名前をリストアップなさってくださいね。私、招待状を作ります。お茶会に纏わる様々なことは全て私が手配しますから、慎一郎さんのお手を煩わすことはありませんわ」
「…ああ、そうしてくれると助かるよ。
…何しろ我が家が夜会やお茶会を盛大に催していたのは父が存命だった頃まで…。それからは全く縁がなくなってしまったからな…」
自嘲気味に笑う慎一郎を優しく励ますように凪子は見つめる。
「これからは私がおりますわ。…私が慎一郎さんや綾佳さんに相応しい華やかな会を開催いたします。お美しくやんごとないお二人はそれに相応しい場所で輝かなくては…。それが嫁いできた私の使命だと思っております」
慎一郎は感激で胸が一杯になる。
そして、心から詫びる。
「貴女はこんなにも美しく賢く素晴らしい女性だ…。凪子さんなら引く手あまただったろうに…我が家のような貧乏華族に嫁がせてしまい、申し訳なく思っているよ」
凪子は凛として首を振った。




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