テキストサイズ

無表情の宇野くん

第105章 宇野くんと木の下。

卒業式の後、五味さんは、そそくさと、涙を流す生徒の間を通り抜け、どこかに行ってしまいました。


宇野くんのことを、私は思い出す。


卒業式の日に、宇野くんは彼女にまた告白をすると言った。


つまり五味さんは今、宇野くんの元へと向かったのだ。


野暮だと思いつつ、しかし私は、無意識のうちに、五味さんの後を追っていた。


宇野くんは、校庭の桜の木の下に居た。


誰もいない、静まりかえった校庭に、まだ咲かない桜の木の下に、宇野くんは五味さんと向かい合って、立っていた。


その顔は、無表情ながら、どこか暗い。


宇野くんは五味さんと目も合わせずに、五味さんの前では発する声を大きくして言った。


「五味さん、ごめん」


シリアスっぽいところに茶々を入れるが、私なら五味だけにごみんと言うところだ。


さておき。


「やっばり...笑うことは、できなかった」


「......」


「ごめん、ごめん、本当に、ごめん」


「......! 宇野くん、顔」


五味さんは驚いたように自分の頬を指さす。


宇野くんの顔には、頬には、涙が伝っていた。


溢れる大粒の涙が、止めどなく、溢れ出て、伝っていた。


あの、無表情の宇野くんが、笑顔どころか、表情の変化を、友達ですら、見たことがないという、あの宇野くんが、涙を流していた。


「...ふふ」


五味さんは笑った。


いたずらっぽくと言うよりは、小悪魔的に。


口に手を当て、口角を吊り上げて笑っていた。


「宇野くんの表情の変化、見ちゃったー」


「......見られちゃった」


「しかも泣きべそかいてるところ、格好悪いところ」


「...見られちゃったよ、本当」


「宇野くんはさ、修学旅行の夜に私に告白してくれた時から、変わらず私のこと好き?」


「うん、好きだ」


「そう、私はもっと好きになっちゃった」


へへへー、と無邪気に笑う。本当、色々な笑顔を持つ少女だ。


「だって宇野くんの涙が見れちゃったもんね」


本当は、笑顔がよかったんだけど、と彼女は付け加えた。


「宇野くん、卒業式まで待ったんだし、私のお願いも聞いてくれるかな」


五味さんの顔は、笑顔から、真剣なものへと変わっていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ