愛してるって言って!
第5章 【夜の闇は白い朝を連れてくる】
「これはバッドエンドでもあり、ハッピーエンドでもあるのよ。面白いと思わない?」
「そうかな」
静矢は首を傾げる。
「私は好きよ。これが人間の真実だと思うから。でも…もし私が著者なら、主人公のグレゴール・ザムザには自ら命を絶たせるかもしれないわね。家族に見放されて死んでいくなんて悲しすぎるもの」
「それもあんまりだ」
静矢はうんざりして言った。煙草に火を点け、ベランダに続く窓を少し開ける。
「でも、主人公が自ら、という話になれば、何となく美談として終わるでしょ?それに、どうせ死んでしまうなら、愛する人の為に死にたいって私は思うの。あっ、でも…ちょっと難しいわね…。毒虫になってしまった彼をどうやって自殺させるかはかなりの難問だわ」
鍋をレードルで掻きまわしながら、目線を上へ向けて考え込んでいる茜を見て、静矢は、呆れてため息をついた。
「俺は愛する人に、ぜひそのエネルギーを生きる事に使ってほしい、と思うけど」
「でも、自分が生きようとする事で、愛する人を深く傷つけるとしたらどう?それでもあなたは生きる事を選ぶ?」
茜の質問に、静矢は聞こえない振りをして答えなかった。面倒くさかった、というのが本心だった。
静矢は、靖男を駅まで送った後、車を忍の待つ家へ向かって走らせる。月曜日は他の曜日に比べて道が混み合う事が多かった。この先の交差点までは少し渋滞しているようだ。
「毒虫だとしても、俺は茜の世話をしたかったよ…」
静矢は、エンジン音だけが聞こえる静かな車の中で、一人呟いた。
恐らく、自分が不治の病に侵されていると知っていた茜は、自分こそが主人公のグレゴールである、と考えたのだろう。今この手紙が、それを裏付けている。茜が自殺した本当の遺志がわかった事で、静矢は妙にホッとする一方で、空しくもなった。
茜の筆跡を見た時、静矢は一瞬泣きそうになった。茜が生きていた証となる物は、今となっては少ない。その最期に燃え尽きた命を見たような気がして、静矢の胸は熱くなった。胸の内側から込み上げてくるものを、必死で堪える。
車は交差点を曲がり、渋滞を抜けて、慣れた山道を走っていく。少しずつ傾き始めた冬の太陽が、西の空を赤く染めていた。
「そうかな」
静矢は首を傾げる。
「私は好きよ。これが人間の真実だと思うから。でも…もし私が著者なら、主人公のグレゴール・ザムザには自ら命を絶たせるかもしれないわね。家族に見放されて死んでいくなんて悲しすぎるもの」
「それもあんまりだ」
静矢はうんざりして言った。煙草に火を点け、ベランダに続く窓を少し開ける。
「でも、主人公が自ら、という話になれば、何となく美談として終わるでしょ?それに、どうせ死んでしまうなら、愛する人の為に死にたいって私は思うの。あっ、でも…ちょっと難しいわね…。毒虫になってしまった彼をどうやって自殺させるかはかなりの難問だわ」
鍋をレードルで掻きまわしながら、目線を上へ向けて考え込んでいる茜を見て、静矢は、呆れてため息をついた。
「俺は愛する人に、ぜひそのエネルギーを生きる事に使ってほしい、と思うけど」
「でも、自分が生きようとする事で、愛する人を深く傷つけるとしたらどう?それでもあなたは生きる事を選ぶ?」
茜の質問に、静矢は聞こえない振りをして答えなかった。面倒くさかった、というのが本心だった。
静矢は、靖男を駅まで送った後、車を忍の待つ家へ向かって走らせる。月曜日は他の曜日に比べて道が混み合う事が多かった。この先の交差点までは少し渋滞しているようだ。
「毒虫だとしても、俺は茜の世話をしたかったよ…」
静矢は、エンジン音だけが聞こえる静かな車の中で、一人呟いた。
恐らく、自分が不治の病に侵されていると知っていた茜は、自分こそが主人公のグレゴールである、と考えたのだろう。今この手紙が、それを裏付けている。茜が自殺した本当の遺志がわかった事で、静矢は妙にホッとする一方で、空しくもなった。
茜の筆跡を見た時、静矢は一瞬泣きそうになった。茜が生きていた証となる物は、今となっては少ない。その最期に燃え尽きた命を見たような気がして、静矢の胸は熱くなった。胸の内側から込み上げてくるものを、必死で堪える。
車は交差点を曲がり、渋滞を抜けて、慣れた山道を走っていく。少しずつ傾き始めた冬の太陽が、西の空を赤く染めていた。