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愛してるって言って!

第1章 【酒と男と双子の弟】

魔法って。少女漫画じゃあるまいし。
朝、忍が言った冗談を思い出して、静矢は心の中でそうツッコんだ。
「なに、今日はご機嫌じゃないの」
先輩のウエディングプランナーがそんな静矢に気付いて小突く。
「亜沙子さん、おはようございます」
亜沙子は、静矢がここに来た時から色々と世話を焼いてくれている。ついに今年、アラフォーになるという事で、仕事では、他人のブライダルプランをあれこれ提案しながら、プライベートでは足繁く婚活に励んでいる、今年三十五歳のベテランだ。
「おはよう。蒔田くんにしちゃ珍しいね。思い出し笑い?」
「え?今、俺…笑ってました…?」
「うん」
しまった…。
男が職場で思い出し笑いをするなんて、気色悪いと思われて当然だ。しかもこの大事な挙式準備の真っ最中に。
「すみません…」
「なんで謝るの?いいじゃん。なんかいい事あったんでしょ?」
「いい事って程では…」
「大した事じゃないのに、笑えるなんて最高じゃない?いいなぁ、私もなんかいい事ないかなぁー」
そうか…。確かにそうなのかもな。
考えてみれば、思い出し笑いをするなんて事は、本当に久しぶりだった。茜が死んでしまった時から、静矢の心の中には、ポッカリと穴が開いてしまっている。だが、何をどうしたって、決して埋まる事のなかったその穴が、今では忍と暮らすようになった事で、自然と少しずつ埋まっているように静矢には思える事があった。

その日の夜。仕事を無事に終えた静矢は、忍を迎えにカフェへ向かう。今日は珍しく、嶋は残業があるようだった。
「忍!帰るぞ!」
「あっ、義兄さん。お疲れ様」
そう言いながら、忍は静矢の後方を覗き込むように窺っている。静矢は思わず噴き出して笑った。
「嶋なら今日はいないよ。残業だってさ」
「なんだ…」
ホッと胸を撫で下ろし、忍は荷物を持つ。
「じゃあマスター、すみません。お先に失礼します。後、よろしくお願いします」
「はいよ、お疲れ様。楽しんでおいで」
静矢は、マスターにペコリと頭を下げ、忍と共にその場を後にした。

「珍しい事もあるもんだね。残業は義兄さんの方が多そうだけど」
そう言ってからすぐ、「あ、仕事柄って意味だよ」と、忍は付け足した。その声は少し弾んでいる。忍を助手席に乗せ、静矢はビール工房を目指して車を走らせた。

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